扶桑家系研究所 リポート6−2 
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【扶桑家系研究所 リポート6−2(閑話休題パート2)】
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閑話休題パート2
 
福田康夫とその一族 福田康夫・麻生太郎・安倍晋三関係系図 麻生太郎とその一族 麻生家一族・姻族系図 鹿内氏一族略系図  津島氏一族略系図(津島雄二関係系図)(太宰治)  太宰治関係系図  郷氏・熊田氏一族姻族略系図(町村信孝と麻生太郎)  町村氏一族略系図(町村金五・信孝)  与謝野氏一族姻族略系図(与謝野鉄幹・晶子・馨) 政界小列伝(森喜朗・中川昭一・中川秀直・渡部恒三)  政界小列伝2(石破茂・下条進一郎)  大平氏・森田氏一族姻族略系図(大平正芳・森田一・上原正吉)  上原氏・土屋氏一族姻族略系図(上原正吉・土屋義彦・土屋品子・大平正芳)  三木氏・森氏一族姻族略系図(三木武夫・森矗昶・森曉・森美秀・森英介)  三木氏・河本氏一族姻族略系図(三木武夫・河本敏夫・河本三郎)  高碕氏一族姻族略系図(高碕達之助・三木武夫・福沢諭吉)
このページは、閑話休題の姉妹編である。
このページは、閑話休題同様、メインテーマではなく、館長の興味や趣味で紹介する。
閑話休題パート2では、近現代の人物を紹介する。
最初に紹介するのは、安倍辞任後、、自民党総裁に就任した福田康夫氏とその一族・姻族の略系図である。福田家は、町長を輩出した地方の政治家の家系であるが、福田赳夫氏が大蔵官僚から政治家に転身して中央政界に登場する。当初、岸信介に接近した事が、岸派への参加に繋がり、岸派解散後は、佐藤派に属し実力を付ける。その後、田中角栄と後継者争いを行うが、田中に敗れた。その後、三木内閣の後に内閣総理大臣に就任した。福田赳夫氏は若い時に派閥解消を訴え党風刷新連盟を結成、これが福田派(清和会)のルーツとなる。福田派の出身総理は、福田赳夫、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三(岸信介元総理の外孫)、そして今回の福田康夫氏である。福田氏の後を継承したのが弱小派閥の麻生太郎氏(吉田茂元総理の外孫)である。
 
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福田康夫とその一族
福田康夫とその一族 
福田家の系統は、閨閥といえるような系譜は形成していないが、康夫氏の妻の母方の閨閥は、櫻内家一族であり、その姻戚の姻戚は、宮沢家にも繋がる。宮沢家からは、意外な政治家の系譜にも繋がる。政界や財界の各家は色々と繋がっている。
(2007.9.25)
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福田康夫・麻生太郎・安倍晋三関係系図
 
福田康夫・麻生太郎・安倍晋三関係系図
 
安倍退陣表明を受けて後継を争った福田首相は、櫻内閨閥、宮澤・小川閨閥を介し、更には、鈴木善幸家を介して、戦後の大閨閥(皇室閨閥、ニュー・エスタブリッシュメント)に繋がる。その大閨閥には、総裁選のライバルの麻生太郎前幹事長(元外相)がいる。その大閨閥は、岸・佐藤家(岸信介・佐藤栄作元首相)にも繋がる。その岸信介の外孫が、参議院選挙の大敗後も続投し、所信表明の直後に辞意を表明した安倍晋三前首相である。憲法改正を睨んで長期政権を目したが、あえなく一年で撃沈した。福田氏は、麻生包囲網に擁立されて自民党総裁となり、衆議院のみの指名であるが、憲法の規定に従い総理に就任した。小泉元首相の閨閥は、石原東京都知事と、エスエス製薬の泰道一族に繋がるのみで、大閨閥、ニュー・エスタブリッシュメントには繋がらず、国民生活の破壊もいとわずに改革を断行した(改革は諸刃の剣。場合によっては、財界・支配階層に必ずしもプラスにならないこともある)。福田政権は、日本をどう立て直すのか注目である。郵政民営化により、簡易郵便局が廃止に追い込まれ、山間部や僻地への対応が問題となりつつある。振り込み手数料などは大幅値上げ。数年前に民営化反対・慎重派から指摘されたことが現実のものになりつつある。分社化され、郵便事業は、赤字必至。当面はがきや切手は現状通りだが、どうなることやら・・・。福田首相は、改革は続行、手法の修正は検討するというが、再度の見直し抜きで大丈夫か。年金問題も、次々横領・使い込みが発覚しているが、賠償請求もままならない様子。政治家は、官僚や財界より、国民生活に目線を向けるべき。
かつて、広瀬隆氏が、『私物国家・日本の黒幕の系図』という本を刊行しているが、同書に拠れば、汚職、疑獄、黒い投資事件関連事件には、多くの官僚、政治家が関係していると指摘しているが、彼らは大閨閥に繋がろうとして、枝葉の家系と姻戚関係を結ぼうとしている。実際結んでいる者もいる様だが、当サイトでは、そこまでは言及しない。詳細は、広瀬隆氏の一連の著書を参考にされたし。
政財界の閨閥をまとめたら、日本の支配階層の実態があぶり出されそうである。これについては、佐藤朝泰氏の三部作『門閥・旧華族階層の復権』、『閨閥 ニュー・エスタブリッシュメント』、『豪閥・地方豪族のネットワーク』(共に立風書房)や、神一行氏の『閨閥 特権階級盛衰の系譜』(角川文庫)、広瀬隆氏『私物国家・日本の黒幕の系図』などが参考になる。政治家だけでは分からないが、財界関係まで含めれば、巨大な閨閥が登場する。しかし、ページ一枚での表記は、複雑すぎて不可能である。興味のある方は、挑戦して下さい。多くの首相経験者、閣僚経験者がこの閨閥に登場する。
(2007.10.8)
鳩山由起夫民主党幹事長は、平成21年(2009)5月、民主党代表に就任。9月16日麻生内閣総辞職の特別国会で首班指名を受け内閣総理大臣に就任した(民主党鳩山内閣発足)。
(2009.10.7)
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麻生太郎とその一族
 
麻生太郎とその一族の系図
 
麻生一族は、麻生太郎元外相の曾祖父の麻生太吉が石炭王として麻生財閥の基礎を築く。田舎財閥だった麻生家が大閨閥群に入るのは、麻生太郎の祖父の麻生太郎が加納久宜(子爵)の娘の夏(夏子)と結婚してからである。その後、息子の麻生太賀吉が、明治の元勲大久保利通の曾孫和子(吉田茂の娘)と結婚し、麻生家は、大閨閥(ロイヤルファミリーに繋がる閨閥)群の仲間入りをする。その結果、麻生家は、その後、直接ロイヤルファミリー(皇族一族)と姻族となる。即ち、三笠宮崇仁親王(昭和天皇の実弟)の嫡男の寛仁親王へ麻生太郎の妹の信子が嫁すのである。彬子女王と瑶子女王は、麻生太郎の姪ということになる。麻生家は、加納家を通じてその閨閥は橋本龍太郎に至る。又、麻生太郎の岳父は、鈴木善幸元総理であり、多くの総理経験者と、閨閥・姻族関係となる。麻生家が大閨閥に繋がると言うことは、その閨閥群を介して、岸信介・佐藤栄作とも閨閥上は繋がり、参議院で与野党逆転を招いた安倍晋三前総理にも繋がる。日本は、広瀬隆氏の指摘もあるが、巨大閨閥群の私物国家ということであろうか? ちなみに言えば、女系・女帝問題の時に、男系維持を主張した平沼元経産相も、妻の関係では、この閨閥群に繋がる。女帝・女系天皇家創設を容認しようとした小泉元総理は、手持ちの資料の範囲では、この大閨閥群には属していない。
(2007.10.16)
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麻生家一族・姻族系図
 
麻生家一族・姻族系図
 
麻生家は、武見家(医師会のドン・武見天皇=武見太郎)とは、直接・間接二重の姻戚である。麻生家は、加納家を介して橋本龍太郎とも縁戚となる。橋本の縁戚関係は、伊藤家を介して、河野洋平衆議院議長に繋がる。麻生家が、ロイヤルファミリーに繋がる大閨閥群を構成する一家であることは前述した。従って、麻生太郎氏は、ポスト福田の第一の候補であることは、現状では妥当な位置付けと云える。自民党政権が続けば、短期であっても権力のトップに立つ可能性は残されている。
(2007.10.18)
麻生太吉―太郎―太賀吉(衆議院議員)―太郎(総務相・外相・自民党幹事長・首相)―将豊
平成20年(2008)9月、総裁選に勝利した麻生太郎氏は、ついに内閣総理大臣(首相)に就任した。参議院の指名投票では民主党の小沢一郎代表に敗れたが衆議院では首班指名され、憲法の規定により首相に選出された。麻生内閣は選挙管理内閣の要素もあり冒頭解散かとも思われたが、経済対策を理由に追加補正を繰り返し(昨年度の補正は仕方がないとしても、本年度の本予算直後に補正予算を提出するということは、本予算が欠陥予算ということを露呈したものであり、政権延命に利用しているのは明らか)、ずるずると解散総選挙を引き延ばしている。一時は危険水域に支持率が突入するが、国策捜査で民主党小沢代表の秘書が逮捕されると支持率も若干回復し強気な姿勢に転じている。ただ国民からも国策捜査の疑惑がもたれると二階氏周辺の捜査の一部も公表し疑惑の払拭も図るが、ある大物の疑惑は封印されたままである。今のところ新聞記事にもなっていない。二階氏は元々小沢氏と同根、いざとなれば切り捨てても良いと判断したのであろう。5月中に解散がなければ、都議選の勝利を優先課題とする公明党との関係上、任期切れ直前の解散の可能性も浮上している。ただ過去の例からすると、首相が主導権を握って解散した場合(攻めの解散)、与党は大勝利だが(中曽根内閣のダブル選挙、小泉内閣の郵政解散など)、そうでない場合は厳しい選挙となる可能性が高い。麻生内閣は経済対策を強調するが、小企業の従業員や解雇された派遣など非正規雇用者、内定取り消しの学生や、取り消しを避けるために子会社へ入社早々転籍された派遣社員、既に数年前から失業して社会復帰出来ないような庶民の救済にはほど遠い。小学生もインタビューで答えていたが、最大の対策は消費税率の引き下げか一時撤廃と早期の解散総選挙。収入がない、或いは収入が激減した庶民にとって、消費税5%は厳しい数字、せめて食料品と生活必需品の消費税の引き下げは検討されるべきであろう。大閨閥(エスタブリュッシュメント・「新」華族)出身の麻生首相では、庶民の生活困窮など実感できない(アフガン救済などアメリカの政策のために数千億円の税金を投入するなら、先に国内の建て直しに投入すべきではないのか。定額給付金で一万二千円ばらまいても、与党が勝利したら消費税の大幅アップでは、購買力はどんどん低下する)。
(2009.5.8)
8月30日の衆議院総選挙で自民党は歴史的というか壊滅的敗北となった。首相経験者や閣僚経験者、派閥領袖、或いはそれに準ずる幹部らが落選した。北海道ビッグ3の武部勤元幹事長、町村信孝元官房長官、中川昭一元財務・金融担当相が小選挙区で落選した(武部、町村両氏は比例で復活当選)。元首相の福田康夫及び森喜朗の両氏はかろうじて小選挙区で民主党候補を振り切ったが、圧倒的に勝利でなく民主党候補は比例代表で復活当選となった。一方愛知9区では元首相の海部俊樹氏が落選・引退となった。結果自民党は野党に転落し、麻生首相は自民党総裁の辞任を表明した。麻生氏が首相に就任した時は、選挙管理内閣として解散総選挙を多くの国民が望んだが、景気対策を理由にのらりくらりと延命させ、何とか一年持ちこたえてしまった。ようやく麻生政権は崩壊退陣。日本は政権交代の時代を迎えた。これで自民党はようやく奢りを捨て再生に向かうであろう。また保守支持者はそれを期待している。麻生首相は最後に新しい時代の扉を開けて退陣することとなる。
(2009.8.31)
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鹿内氏一族略系図
 
鹿内氏一族略系図
 
(2009.5.23)
フジテレビ会長・社長系譜
 
※ フジテレビ社長の系譜はネットデーターによる(各ネットデーターで若干食い違いあり)。
★ 鹿内家については前記参照。
(2009.5.24)
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津島氏一族略系図(津島雄二関係系図)
 
津島氏一族略系図
 
津島雄二氏(前衆議院議員・元厚生大臣・自民党津島派会長)は、自民党逆風の衆議院選挙を前に引退を表明(高齢と多選批判により、出馬しても落選の可能性もある)。7月21日午後、麻生総理による衆議院解散により衆議院議員の身分を失い、正式に引退が決定した。後継者指名が出来ず、青森県連は公募による選定を決定。7月23日付けの『中日新聞』によれば、息子で秘書の津島淳氏が公募に応募、届け出た。他に公募に応じる人がいれば、県連の選考により決定する。淳氏が選定されれば世襲批判が起こる可能性もある。又、候補に選定されても落選すれば、戦前から続いた津島王国(源右衛門・文治・雄二)は崩壊する。
(2009.7.23) 
津島淳氏は、世襲が認められず青森県連の公募に応じた。複数の候補者の中から青森県連は公認候補者として党本部に推薦したが党本部は公認を拒否、無所属(青森県連公認、公明党推薦)で出馬、三万票以上の差をつけられて落選した。これには父親の津島雄二元厚生相の根回し無き引退表明も影響しているかも知れない。現状では自民党津島王国は消滅の危機である。復活のチャンスは来年の参議院選挙に出るか否かであろう。
(2009.8.31)
津島淳氏の再従兄弟の津島恭一元議員は、小選挙区では自民候補に敗れたが比例で復活当選して国政復帰を果たした(国民新党から民主党に移ったのも勝因の一つと考えられる)
(2009.8.31)
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太宰治関係系図
 
太宰治関係系図
 
津島氏一族は、政治家と文筆家・俳優の流れに別れた。政治家の流れは、津島源右衛門(貴族院議員・衆議院議員)、津島文治(青森県県会議員・青森県知事・衆議院議員・参議院議員)、津島雄二(衆議院議員・厚相)と引き継がれ、その後は津島(津島雄二秘書)に引き継がれる予定。氏は後継指名が受けれず、青森県連の候補者公募に応じ届け出る。候補者候補から漏れた場合は無所属による出馬も考えられるが、現時点では決まっていない。候補者になっても落選の可能性も懸念される。傍系では津島文治の弟英治(金木町町長)の孫の津島恭一が議員復活をかけ青森四区から立候補の予定。一方文化・芸能の系統は、津島修治が作家太宰治として世に知られ、次女の里子が作家の津島佑子であり、庶子の太田治子も作家・エッセイストとして活躍している。本家の津島康一は政治家を嫌い役者となり、嗣子なく病死、津島家の嫡流は断絶した。太宰の兄の圭二も同人雑誌などに参加し、家族には秘密で夢川利一のペーネームを用いた。長生きすれば芸術家として活躍した可能性もあるが若くして亡くなる。2009年は、津島家にとっては、政治家津島家存亡の年となる。津島淳が候補者となり、選挙で当選して衆議院議員となれば、政治家津島家は更に存続することになるが、現実は厳しい状況。傍系の津島恭一も郵政選挙で自民党から離党、国民新党に移るが対立候補に敗れ落選、その後の参議院選挙でも落選、今回国民新党から民主党に移籍しての再挑戦、復帰できるか注目である。
(2009.7.27)
今回の選挙で津島淳氏は落選したが、津島恭一氏は小選挙区では落選したが比例で復活当選した。傍系ではあるが政治家津島家はあと数年存続することとなる。
(2009.8.31)
 
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郷氏・熊田氏一族姻族略系図(町村信孝行と麻生太郎)
 
郷家姻族略系図
 
麻生政権は、安倍政権、福田政権を継ぐものだが、ポスト麻生は、今回(2009.8.30)の総選挙の結果によっては、自民党の派閥領袖クラスも落選の可能性があり判然としない。町村信孝元官房長官も苦しい選挙戦を展開していると云われるが、再選されればポスト麻生の候補の一人となり得る可能性がある。
安倍前総理と麻生首相は皇室に繋がる大閨閥に属し、皇室を介しても、吉田・佐藤家を介しても姻族系図が繋がる。麻生首相は鈴木善幸元首相を介して宮沢喜一元首相と繋がるが、宮沢家を介して福田前首相や林銑十郎元首相、鳩山一郎元首相や次期首相候補の鳩山由起夫民主党代表とも繋がる。祖母加納夏子の関係からは橋本龍太郎元首相や伊藤家を介して河野洋平元自民党総裁(首相には就任できず)(前衆議院議長)に繋がる(麻生家及び福田家関係系図参照)。
(2009.8.29)
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町村氏一族略系図(町村金五・信孝)
 
町村氏一族略系図
 
麻生総理による解散・総選挙で自民党は逆風選挙を強いられている。北海道ビッグ3の一人町村信孝元官房長官も苦しい選挙戦を展開している。本来なら派閥の同志の応援もしなければならない立場だが、今回はそんな余裕は無いようで、ほとんど地元にへばりついているよう。
(2009.8.29)
8月30日の衆議院選挙で北海道ビッグ3(武部、町村、中川氏)は小選挙区で民主党候補に敗北した。町村氏はなんとか比例で復活当選し国政に戻ることになった。今後の四年間は上から目線でなく真摯に活動しないと厳しいことになる。当面は町村派で当選した議員をどう束ねて健全野党の自民党を再生するか求められる。今回は殿様選挙でなくどぶ板選挙をしたことで何とか比例復活にこぎつけた。当選はしたが厳しい批判があったことは忘れるべきではなかろう。今回の大敗北で自民党は野党に転落した。今後の対応が注目される。
(2009.8.31)
 
町村金弥―金五(自治相・北海道知事)―信孝(文科相・官房長官衆議院議長)(2015年6月1日死去)(70歳)
 
6月2日の朝刊は、町村信孝衆議院議長死去と報じる。前衆議院議長で、外相や官房長官を歴任した町村信孝氏が1日午後2時15分、脳梗塞のため、東京都内の病院で死去した。70歳。と報じる(『中日新聞』より)。
町村氏の衆議院議長在任は、2014年12月24日から2015年4月21日4ヶ月弱で、新憲法下で3番目の短さと報じる。
(2015.6.2)
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与謝野氏一族姻族略系図
 
与謝野氏一族姻族略系図
 
与謝野馨氏は、平成21年(2009)8月30日の衆議院選挙小選挙区で落選するが、比例で復活当選する。政権奪取は四年後とすると、次回選挙で当選したとしても自民党が与党に復帰(現時点では厳しい)していなければトップに立つこともないだろうし、現状では党内に世代交代の波もある。与謝野氏に出来ることは重鎮として次の世代をサポートする道しか残されていないようである。
(2009.9.9)
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政界小列伝(森喜朗・中川昭一・中川秀直・渡部恒三)
 
政界小列伝・略系図
 
今回の選挙では多くの世襲議員や大物が小選挙区で落選(一部は比例代表で復活)した。次の選挙での復権を狙う者、引退に追い込まれた者様々である。そんな中、10月4日午前、中川昭一元財務大臣急死の報がテレビやインターネットのニュースで流れた。現時点では死因が特定されず、更なる検査が行われるという。父親の中川一郎氏も五十代で変死(自殺説、謀殺説など諸説あり。現在は自殺説で扱われる)。薬とアルコールの併用による心臓麻痺とも云われるが真相は現時点では不詳。保守再建を考える人や自民党にとっては貴重な人材を失ったということである。息子は学生で選挙権も被選挙権もない。中川家はこのまま政界から退場するのか、夫人或いは長女が後継となるか注目である。とりあえずはご冥福をお祈りする(合掌)。
(2009.10.5)
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政界小列伝2(石破茂・下条進一郎)
 
政界小列伝2
 
下条家は石川家を介して政財界閨閥に繋がる。その閨閥は中曽根家に繋がり、そこから石橋家、鳩山家に繋がる(中曽根氏一族姻族略系図参照)。
(2009.10.7)
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大平氏・森田氏一族姻族略系図(大平正芳・森田一・上原正吉)
 
大平氏・森田氏一族姻族略系図
 
大平家は上原家と姻族となることにより堀田家を介して大閨閥に繋がることとなった。この閨閥により三木武夫・佐藤栄作・岸信介・安倍晋三・吉田茂・麻生太郎・浜口雄幸更には皇室にも間接的に繋がることとなった。大平家は日本の戦後の新支配階層の仲間入りをしたのである。しかし、今大平家に国会議員はいない(2009年現在)。
(2009.10.21)
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上原氏・土屋氏一族姻族略系図(上原正吉・土屋義彦・土屋品子・大平正芳)
 
上原氏・土屋氏一族姻族略系図
 
 ★ この系図は、上記の大平氏・森田氏一族姻族系図と併せてご覧下さい。 
埼玉県は一時土屋王国とも呼ばれたが、2003年に引退に追い込まれ、娘の土屋品子前衆議院議員は2009年8月30日、麻生前首相の解散を受けた衆議院選挙で落選し埼玉土屋王国は崩壊した。元埼玉県知事の土屋義彦氏の実弟昭二氏は上原正吉氏(大正製薬名誉会長)の養子。上原家は大平家と堀田家と姻戚関係。堀田家からは安西家・森家を介して三木武夫元首相に繋がり、安西家からは正田家を介して皇室に繋がる。上原家は堀田家との姻戚関係によって大閨閥に繋がったのである。
(2009.10.22)
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三木氏・森氏一族姻族略系図(三木武夫・森矗昶・森曉・森美秀・森英介)
 
三木氏・森氏一族姻族略系図
 
森矗昶(もり・のぶてる)は、一代で森コンツェルンを築いた実業家だが、政治にも関心を持ち、自身も衆議院議員となる。息子も政治家にしたり、若い政治家を婿に迎えたりした。自身は総理になる野心もなく陣笠議員で終わったが、女婿の三木武夫衆議院議員は、ロッキード事件で田中内閣が倒れると椎名自民党副総裁の裁定により自民党総裁・内閣総理大臣に選出され就任した。森家は森矗昶(もり・のぶてる)の孫の森英介が麻生内閣で法務大臣に就任した。麻生内閣による解散総選挙では再選され議席を維持した。
(2009.10.23)
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三木氏・河本氏一族姻族略系図(三木武夫・河本敏夫・河本三郎)
 
三木氏・河本氏一族姻族略系図
 
三木家(三木元首相)と河本家(河本元国務相)は高橋家(高橋首相主席秘書官)を介して姻族関係となる。三木元首相は、森家を介して大閨閥に連なったが、三木氏個人にはステータスアップにはなったが、資金面やコネの面ではほとんど寄与していない。河本氏には三光汽船絡みでダーティーな部分もあるが、河本氏による資金集めがなかったら、三木派は金欠弱小派閥で終わった。従って三木氏のクリーンイメージは河本氏ではなく海部俊樹氏受け継いだ(のちに海部氏も総理総裁に選出される)。河本氏が引退すると、参議院議員だった息子の三郎氏が衆議院に鞍替えして継承するが、麻生前首相による解散総選挙の結果落選し、政界引退に追い込まれた。現時点で後継者は不明。来年の参議院選挙か次の衆議院選挙で一族から立候補がなければ政界とは無縁の存在となる。
(2009.10.25)
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高碕氏一族姻族略系図(高碕達之助・三木武夫・福沢諭吉)
 
高碕氏一族姻族略系図
 
三木家は、東洋製罐の高碕氏一族と姻戚関係になり、新たな閨閥を形成した。
(2009.10.28)
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