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松坂小津氏一族
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本居宣長一族とルーツの謎
本居宣長の小津家は、北畠氏家臣本居氏の末裔という。この本居氏は、本居縣判官平建郷の末裔。この末裔の本居武秀は、浪人後、蒲生氏郷に仕え、奥州九戸氏の討伐戦で討死にする。妻は油屋源右衛門の世話になり息子の七右衛門(道印)は、源右衛門の女婿となり小津姓を称す。
本居建郷―武遠武秀―直武―武基武久武貞武延武重武利―武連―武秀―小津七右衛門(道印)―三郎右衛門(道休)三四右衛門(定治・唱阿)=三四右衛門(定利・道樹)=三四右衛門(宗五郎・定治・道喜)=弥四郎(栄貞・本居宣長)―春庭(松坂本居家)
 ※ 本居宣長は系譜上は、本居氏の末裔だが、血脈はない(小津氏の末裔)。
本居氏は、『姓氏家系大辞典』は、本居縣判官平建郷から系を記すが、国立国会図書館の所蔵系図では、平頼盛からの系を記す。本居氏の平家末裔説に対しては、疑問視する意見もあり、古代氏族の末裔の可能性も指摘されている。
平家の落胤伝説には、これを疑問視する意見もある。管理人が所属する日本家系図学会の宝賀寿男会長が主催する古代氏族研究会の関連サイト古樹紀之房間(管理人.樹堂氏)に掲載の桓武平氏概観を御覧下さい
(2013.12.4)
 
小津・本居氏
松坂を出身地とする小津氏は何家かあるが、本居氏系小津氏が知られている。この系統は、油屋源右衛門系小津氏とは、婚姻関係や養子縁組で複雑に絡み合う。この地には血縁のない別の小津氏もあるが、この系統には江戸に進出する時に、本居系小津家の資金の融通を受けた家系もある(紙問屋系小津氏)。その徒弟で独立して小津姓を許された家系も知られている。
本居系小津氏からは本居宣長がでている(血脈的には、油屋源右衛門の系統)。別の小津氏の末裔には、映画監督の小津安二郎がいる。
 
目次
 
1. 本居氏一族(1)(本居氏・小津氏一族.1) 『人と歴史シリーズ本居宣長』、『姓氏家系大辞典』
2. 本居氏一族(2)(本居氏・小津氏一族.2) 『本居宣長-理解のために-』、『姓氏家系大辞典』
3. 小津氏一族(1)(本居氏・小津氏一族・1)(松坂) 『本居宣長事典』
4. 小津氏一族(2)(本居氏・小津氏一族・2) 『本居宣長事典』、『人と歴史シリーズ本居宣長』、他。
5. 小津氏一族(3)(本居氏・小津氏一族・3)  『本居宣長事典』、『人と歴史シリーズ本居宣長』、他。
6. 小津氏一族(4)(本居氏・小津氏一族・4) 『本居宣長-理解のために-』、『本居宣長事典』、『人と歴史シリーズ本居宣長』、他。
7. 小津氏一族(5)(本居氏・小津氏一族・5) 『本居宣長-理解のために-』、『本居宣長事典』、他。
8. 小津氏一族(6)(本居氏・小津氏一族・6) 『本居宣長-理解のために-』、『本居宣長事典』、他。
9. 小津氏一族(7)(本居氏・小津氏一族・7) 『本居宣長-理解のために-』、『本居宣長事典』、他。
10. 小津氏一族(8)(本居氏・小津氏一族・8) 『本居宣長-理解のために-』、『本居宣長事典』、他。
11. 小津氏一族(9)(本居氏・小津氏一族・9)(姻族) 『本居宣長-理解のために-』、『本居宣長事典』、他。
12. 小津氏一族(10)(本居氏・小津氏一族・10)(姻族) 『本居宣長-理解のために-』、『本居宣長事典』、他。
13. 小津氏一族(11)(本居氏・小津氏一族・11) 『日本の有名一族』、他。
   
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本居氏一族(1)
 
本居氏(1)
 
江戸時代の国学者本居宣長は、家系上は、平家の末裔とされる本居縣判官平建郷の末裔だが、血脈は、油屋源右衛門(小津氏)の末裔。本居氏は、本居武秀の息子が、小津源右衛門の女婿となり小津氏を称した。油屋系小津氏とは婚姻や養子縁組により同族化する。医者となり、学問の世界に入った小津栄貞は、系譜上の先祖となる本居姓を復活させ、本居宣長と称した。
(2013.12.4)
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本居氏一族(2)
 
本居氏一族(2)
 
本居宣長は、従来の姓である小津姓を、系譜上のルーツである本居姓に改めた。宣長が再興した本居家は、次代に松坂本居家と和歌山本居家(学者系)に分かれる。和歌山系の末裔の本居長世は作曲家として知られる。
(2013.12.5)
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小津氏一族(1)
 
小津氏一族(1)
 
道觀―道印―道仁―唱阿―道意(男系断絶)
道觀―道印―道仁―唱阿―栄珠―道喜(父は、油屋系の元閑)
道元―道印―道方―道智―元閑―道喜(小津宗五郎
道元―道印―道方―道智―道樹―道啓(本居宣長
油屋源右衛門系小津氏本居系小津氏は、複雑に絡む。本居宣長は、系譜上の本居氏系小津氏本家に属するが、血脈は油屋源右衛門系小津氏の末裔。父の道樹(定利)は、隠居家から本居系小津氏本家を継承した。義兄の道喜は母方を通じて本居氏の血脈を次ぐがここで絶える。本居宣長は、本居氏の血脈をまったく受け継いでいない。家業を廃し、医者となり更には学者になった。宣長は商家由来の小津姓から、武家の家名の本居姓に改め、本居家を復活させた。
(2013.12.7)
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小津氏一族(2)
 
小津氏一族(2)
 
本居宣長の実父の小津定利は、隠居家から本家を継承したが、嗣子には兄の実子(同時に妻の連れ子でもある)の宗五郎(定治)とした。これは宣長の養祖父の小津定治(唱阿)の意志と伝えられる。宗五郎の後は、宣長が継承するが、後に家業を廃止して医者となり、学者に転じる。
(2013.12.13)
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小津氏一族(3)
 
小津氏一族(3) 
 
本居宣長の義兄の小津定治(宗五郎・道喜)は、母方で本居氏の血脈につながるが、その血脈は娘の由良で断絶する。
(2013.12.14)
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小津氏一族(4)
  
本居氏・小津氏一族(4)
  
本居宣長は、系譜上の先祖である本居姓を復活したが、紀伊の和歌山本居家は、門弟養子で継承され血縁はない。本家の本居家は、孫の有郷に後継男子はなく、本居宣長の女系の高尾家から信郷が入り継承する。
(2014.7.13)
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小津氏一族(5)
  
  
小津氏隠居家は、本居宣長の従兄弟の代に没落する。
(2014.7.26)
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小津氏一族(6)
  
小津氏一族(6)
  
本居宣長は、系譜上では、本居武秀(道観)の末裔だが、血脈では、油屋源右衛門(道元)の末裔。小津家は縁組みなどにより複雑な系譜関係になっている。
(2014.7.29)
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小津氏一族(7)
  
小津氏一族(7)
  
本居の血脈は、由良で絶える。本居姓は、隠居家の流れを汲む宣長より復活した。
(2014.7.30)
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小津氏一族(8)
  
小津氏一族(8)
  
小津氏は、村田家や長井家とは、複数回姻族関係を結ぶ。須賀家を介し、系譜上は稲掛家も姻戚関係になり本居家に繋がる。
(2014.8.2)
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小津氏一族(9)
  
小津氏一族(9)
  
この系図は、本居大平を中心に作成した。大平は、稲掛棟隆の息子として誕生す。本居宣長の門弟だったが、後に養子となり、和歌山本居家を継承する。
(2014.8.3)
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小津氏一族(10)
  
小津氏一族(10)  
  
本居家の本流は、女系(本居宣長の娘の飛騨血脈高尾家)により系譜を繋いできた。
本居宣長−飛騨−牛−本居信郷−清造−彌生−千種
(2014.8.4)
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小津氏一族(11)
  
小津氏一族(11)
  
紙問屋小津家の手代の新兵衛の子孫は与右衛門を称すが、その傍系末裔が、昭和の映画監督の小津安二郎である。同族の末裔には、東大教授の小津次郎がいる。紙問屋小津家は、江戸で開業の時、本居宣長の先祖の小津家より資金の融通を受ける。小津安二郎の先祖の小津久足は、本居宣長の門人となる。この小津氏各家には、血縁関係はない。比較する資料がないので、参考系図として紹介するにとどめる。興味ある方は追跡してください。
(2014.8.9)
小津氏一族のリポートは、これにて区切りとします。
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