皇位継承(パート2) トップ>皇位継承>皇位のゆくえ 館内案内 『皇位のゆくえ』(「皇位継承・女帝と女系」パート2) 噴出する問題点へ移動 昨年からの動向へ移動 紀子様ご懐妊へ移動 今後の皇位継承問題へ移動 秋篠宮家に男子誕生へ移動 皇位継承問題先送りへ移動 悠仁親王生誕一年・皇位のゆくえへ移動 置き去りにされた皇位継承問題 平成17年(2005)11月、 ついに有識者会議(吉川座長)は、 小泉首相に歴史研究家や神社関係者、 有識者会議には参加しなかった別の有識者のグループや、 三笠宮寛仁親王や保守系のジャーナリストなどの批判を無視して、 有識者会議の決議を上程した。 やはり予想通り、 女帝容認・女系容認・第一子優先・傍系継承の事実上の排斥・旧宮家の排斥という形で結論を出した。 後は、 政府と自民党にげたを預ける形となった。 この上程案では女系宮家の創設も認めるが、 国民の財政負担や、 その他諸々の問題に関しては責任放棄という形で提出されている。
見識ある人間なら当然この点も充分踏まえての結論付がなされるところだが、 有識者は、 一般庶民の様に経済的に苦労していないのか、 そういう点はおかまいなし、 後は政府が考える事と云いたげな答えの出し方である。 後は、 1月の通常国会で議論され決定されるような雲行きである。 小泉首相が、 郵政民営化法案の様に討議拘束をかけたら、 多分成立するであろう。 ただ異論もあるようなので、 ある新聞報道では、討議拘束は回避されるような事が伝えられているが、 何をやるか分からない首相の事だから、 ギリギリまで油断出来ない。
11月24日に、「皇室典範に関する有識者会議」が小泉首相に報告書を提出したが、 色々な批判が噴出している。 12月8日号の週刊新潮では、 女帝容認で「60宮家誕生」のネズミ算という記事を掲載している。 この特集では、 京都産業大学の中西輝政教授の批判記事が掲載されている。 「報告書の内容は性急すぎます。 専門家でもない人が有識者会議に入り、 たった10カ月で結論を出しましたが、 国民も政治家もまったく理解できていません」と痛烈に批判、 続けて「女性天皇と女系天皇の違いをキチンと説明すれば、 国民の大部分は反対だというはずですよ。 僕自身、 女性天皇は賛成です。 これまで歴史上、 8人10代の女性天皇がいましたからね。 しかし、 女系天皇となれば話は別。 将来、 愛子さまが天皇に即位して男の子が生まれるとします。 この男子が即位した時、 史上初の女系天皇が生まれるわけです。(関係系図参照) (中略) なかなか男児が生まれないからといって、 拙速な議論でこれほどの大きな伝統をなくしていいのか、 と思いますね」と批判されている。
中西教授は、 男系天皇の伝統を守るために、 養子制度を提案する。 「皇室典範第9条で、 皇室は養子を取れないことになっている。 改正して養子を迎えられるようにすれば、 男系天皇の伝統が守られることになります」各方面から同様の指摘があるが、 報告書は、 「旧皇族は、 既に60年近く一般国民として過ごしており、 また、 今上天皇との共通の先祖は、 約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋の方々であることを考えると、 これらの方々を広く国民が皇族として受け入れることができるか懸念される」と旧宮家から養子を迎えるという案を一蹴。 逆に「世襲による皇位継承を安定的に維持するという基本的な目的に立ち返れば、 皇位継承資格者を女子や女系の皇族に拡大するみとが考えられる。 これは、 内親王・女王やその子孫も皇位継承資格を有することとするものである」と女性宮家創設を提案している。
女系天皇の誕生は、 皇統を揺るがす大改革だが、 女性宮家創設もまた、 皇族のあり方を根本的に変えてしまう出来事だ。 女性宮家が出来ればどんなことになるのか。 報告書は続ける。 「皇位継承資格を女子に拡大した場合、 皇族女子は、 婚姻後も皇室にとどまり、 その配偶者も皇族の身分を有することとする必要がある。 つまり、 女性皇族と結婚した男性は、 皇族になるということである(民間から、 皇后・東宮妃・宮妃となったケースの逆バージョン)。 史上、 一般の男性が皇族になった例は一つもない。 これも大きな改変なのだ。 と批判されておられる。 皇族が増えた場合、 臣下(政府・皇室会議など)から皇族を辞めて下さいとは言えることではない。
かつて秋篠宮や寛仁親王が皇籍離脱発言をされた時には、 大問題となった。 戦後に於いて皇籍離脱は、 皇族女子の婚姻による離脱承認しか例がないのである。 現在の皇族女子を皇位継承者にして皇籍に止めると、 皇位継承権者は、 6名から14名(高円宮王女の絢子女王まで)となる。 有識者会議の結論が正式に決議されると、 民間に嫁ぐ道が閉ざされる事となる。 「有識者会議」は永久皇族制を提唱しているので、 皇族の拡大に歯止めがかからない事となる。
有識者会議は、 責任逃れの為に「若年の皇統に属する皇族の数を目安として、 将来における皇族の規模の適正化という観点から、 離脱の要否を判断する」との提言を加えているが、 無責任にもほどがある。 それならば、 親王・内親王と王・女王の線引きを明確にして、 ある世代の王から皇籍離脱する限定皇族制にすればいい。 かつては五世王までを皇族とし、 六世以下では、 王号を許されたとしても皇族の身分は失われる制度があった。 又、 四世襲親王家が定着すると、 直系でも、 嫡流(皇位継承権者)以外(皇位継承権者の予備の皇子は除く)は、 出家という形で継承権を剥奪、 婚姻は許されず一代で断絶させた。 つまり室町以後、 明治初期まで、 天皇家嫡流と世襲親王家の嫡流のみが継承権を保持していたのである(普通は、 嫡流とは正妻の子供の血統だが、 皇室の場合は、 皇位継承権者第一位の者の系譜を指す。 従って、 現在は、 東宮家が嫡流だが、 秋篠宮が皇位継承権一位、 或いは天皇になると、 この家系が嫡流となり、 男子が誕生した場合、 その皇子が継承権者の筆頭となる。愛子内親王は傍系皇族となる。 但し、 有識者会議の見解が、 そのまま国会決議を経て成立、 その見解で皇室典範が改正されると、 愛子内親王が嫡流となり、 東宮に継ぐ継承権者となる)。 江戸時代は、 継承資格者を選定し、 宮家の拡大を防止していたのである(血統ではなく、 資格で制限=天皇家嫡流と世襲親王家の嫡流のみが継承権を保持)が、有識者会議の報告書は、その流れとは逆行する。有識者会議の見解が、そのまま認められると宮家は拡大し、 宮家創設にも一家5000万ほどかかるのに、 維持費も含めると平均寿命を勘案すると数百億円の経費が必要になる。 それはそっくり国民の負担になる(増税)。 しかも、 一定以上皇族が増加すると、 仕事量は減少するという傾向になる。 さらに次世代以降も拡大すると、 数千億円になるとの試算もある。
もう一つは、 宮内庁の予算の拡大にも繋がるという事である。 宮家が拡大すると、 それをサポートする宮内庁の職員も増員される。 皇宮警察の職員も増員される。 そうなれば宮内庁から宮内省への昇格(復活)という動きも出てくる。 近年、 憲法改正論の高まりと繋がる形で、 防衛庁を防衛省(国防省)へ昇格させようとする動きがあるが、 両方が連動して、 象徴天皇を明確な国家元首とする動きが浮上する懸念もある。 保守系の政治シンクタンクの中には、 そういう事も想定した私案を検討しているところもあるらしい。 どうもキナ臭い動きである。 逆の懸念もある。 女系容認、 第一子優先による女系の連鎖、 女系宮家の拡大による異姓宮家の並立などによる天皇家と皇室のカリスマ性の低下である。 尊敬に値しない皇族の出現は、 皇室廃止論を誘発する可能性もある。 皇室の威厳が一旦失われたら、 取り戻すのは容易ではない。
現時点(平成18年1月)では、 国民世論は皇室廃止の方向ではない。 象徴天皇制の継続が大勢である。 廃止論者は存在しても、 世論を動かす程の勢力ではない。 既存政党も、 象徴天皇制は容認で一致している。 現在の皇室典範を適用しても、 今世紀前半では、 特異な事がなければ、 天皇制は維持出来る。 その後の事については、 養子男系(旧皇族)にしろ女系にしろ皇室典範の改正は不可欠であるが、 その部分の議論が不十分というのが、 現在発生している問題点である。 この問題は、 週刊誌でも特集が組まれ、 研究者、 有識者会議に招集されなかった有識者などが色々意見を述べられているが、 歴史を知る人にとっては、 概ね共通の見解であり、 現在の動きに対する懸念でもある。 又、 この時期、 東宮家と東宮職・宮内庁との関係がぎくしゃくしている事が漏れ伝わる事にも注目すべきであろう。
愛子様に皇位継承権が付与されるのか否か。 最も影響を受ける東宮家が、 自分の家の事なのに何の発言の場も与えられないという事も問題と言えば問題である。 普通の家なら、 婿養子を迎えて家を存続するのか、 娘を嫁に出して絶家とするかは、 その家の問題である。 商家なら、 当主の兄弟や甥に家督(経営権)を譲り、 娘は嫁に出して、 当主は隠居という事もある。 それを決断するのはその時の当主の役目であって、 周囲の人間は意見は述べても強制権はない。 仮に、 東宮が皇位を継承後、 次の東宮に秋篠宮を指名したいとしても、 有識者会議の答申では、 強制的に、 愛子内親王が継承権者の筆頭となってしまうのである。 過去においては、 天皇に皇女しかいなければ、 女帝が可能でも、 皇位を傍系に譲る事が行われている。 つまり、 有識者会議の結論は、 現代の家庭の事情も、 過去の皇室の伝統も考慮していない、 機械的な、 非人間的な、 まるで機械や組織の維持の為に検討してきたような議論である。 ロボットのメンテナンスの如きである。
皇女は婚姻により民間に降下・皇籍離脱が出来る。 しかし、 有識者会議は、 その道を閉ざそうとしている。 昨年、 三笠宮寛仁親王は、 私的な場所で、 幾つかの懸念や提言を述べられた。 側室制度の様に、 現代社会の通念になじまないものもあるが、 検討すべき提言もある。 どのみち今後皇室と天皇制を維持する為には、 皇室典範の改正が必要なのであるから、 それらも検討課題とすべきである。 三笠宮の提言は、 有識者会議の議論の内容とプロセスに対する懸念であり、 又、 旧皇族の末裔の竹田恒泰氏の動きも同様のものである。 竹田氏は、 昨年12月に、 「語られなかった皇族たちの真実」 を刊行されたが、 主張の骨子は、 三笠宮様と通ずるものがある。 但し、 彼は独身であり、 明治天皇の女系末裔でもあるので、 皇室典範の改正の内容によっては、 皇配・宮配候補ともなり得る可能性があるし、 養子男系という場合でも、 その候補の一人になりうる可能性があるという事である。 例えば彼が、 旧皇族の傍系で、 戦前に臣籍降下し、 華族に列した家系の末裔で、 旧皇族の皇籍復帰とも無縁の立場での発言なら、 何の違和感もないが、 若干の野心を感じるのは、 私だけであろうか?
「皇位継承」 の問題は、 有識者会議の答申が内閣に提出されてからも、 鎮火する事なく、 ネットでも取り上げられ、 雑誌も特集を組んでいる。 文藝春秋の 「諸君」 1月号では、 所功(京都産業大学教授)、 長谷川三千子(埼玉大学教授)、 八木秀次(高崎経済大学助教授)による対談形式で、「「天皇制度」崩壊の秋(とき)」 と、 藤原正彦(お茶の水女子大学教授)らによる 「女系容認・長子優先は皇統断絶への一里塚?」 (女系天皇と国家の品格を問う)を特集として掲載しています。 色々な意見が語られているが、 「有識者会議」 が結論を急いだという批判があります。 少し過激な意見だと、 「有識者会議の構成メンバー」 そのものに対する疑念もあります。 ここではそこまでは触れません。 とにかく、 よく議論もされず、 三笠宮の提言も無視して、 結論を急いだという事が最大の問題点、 伝統を十分解析しての議論でないという点も問題となる。 一国民としては、 皇位の行方はどうなるかというのが気になるところです。
ワック・マガジンズ株式会社発行の 「WILL」 1月号でも、 この問題に触れている。 「特集・本当に女帝でいいのか」では、 二つの記事を掲載しているが、 その一つは、 昨年、 「柏朋会」会報 「ざ・とど」 第88号に掲載の、 三笠宮寛仁親王のエッセイを前文公開、 もう一つは、 評論家・加瀬英明氏の 「どうしても伝えたい寛仁親王の真意」 という記事である。 「女性天皇に疑問」とする寛仁親王のエッセイは、 歴史研究や皇室研究の視点からみれば、 しごく当然の見解であり、 血脈の当事者からみれば当たり前の事である。 又、 加瀬氏も三笠宮の疑問を指示し、 併せて、 皇位継承とは「文化・芸術である」と述べられている。 確かに現代の人間から見れば、 そういう見方も出来る。 日本で易姓革命が起こらなかった事を踏まえれば、 そういう事は、 外れではない。
※ 易姓革命→中国での王朝交替の事例に用いられるが、 禅譲と放伐の二種類あると云われるが、 事実上は放伐(王朝妥当による簒奪である)である。 禅譲としては、 魏王が後漢から帝位を譲られて皇帝となり、 魏を正式に建国した(形式的なもので、 実際は簒奪)事や、 司馬氏が魏の皇帝から、 帝位を譲られて、 晋を建国した例(実際は簒奪)があるが、 後は、 前の王朝を打倒したり、 追放したりして、 新たな王国が建国された。 その時に王朝の姓が変わる事から、 このような王朝交替を易姓革命と呼んだ。 前の王朝と、女系でも繋がらない事が多い。 簒奪王朝に正統性を与えるために用いられる。
ヨーロッパの場合も、 王家交替の場合、 家名が変わる事が多いが、 例えばフランス王家の場合、 外国の侵略を受けた時と、 ナポレオンの帝政時代を除けば、 王家の家名は変わっても、 血統はカペー王家の血脈であった。 この場合、 本家が絶えて親王家が王家となったが、 日本で言う宮家の家名を新たな王朝名にしたようなものである。 イギリスの場合は、 ブリテン七王家から、 バイキングなどの侵入、 デンマーク王族による支配(デーン朝)の後、 バイキングの流れを汲むフランスのノルマンジー公の庶子がイングランドに侵攻し、 ノルマン王家を創始、 イングランド王位に就いた。 これが現在のエリザベス2世に繋がるイギリス王家の始まりである。 イングランドでは、 ドイツの諸王家の様なサリカ法の適用がなかったので、 女系も継承が可能で、 フランスのアンジュー家の一族が王位を継承し、 プランタジネット朝となる。 本流が絶えると、 ランカスター公家とヨーク公家が王位継承を争い、 バラ戦争が勃発、 その後、 ランカスター家庶子の女系のチューダー家のヘンリーがヨーク王家のエリザベスと結婚、 王家は統一されチュダー王家となる。 ランカスター家とヨーク家は、 共にプランタジネット家である。 チューダー家は、 ウインザーの出身で、 プランタジネット朝の初代ヘンリー2世のY染色体は継承していない。 しかも、 チューダー朝のヘンリー7世には、 王位継承権は無く、 簒奪王朝である。 次代のヘンリー8世は、 ヨーク王家の女系(正統な王女の)で、ようやく王家としての形式を満たしたというわけである。 その後は、 女系のスコットランド王家が継承(スチュアート王家)その後は、 ドイツのハノーバー選帝侯家が継承した。
イングランドは、 ドイツのハノーバー選帝侯家(後に王家となる)と同君連合を形成したが、 ヴィクトリアの時に、 ドイツはサリカ法により女系継承は認めず、 同君連合は消滅した(イギリスのみの女王)。 イギリスがドイツと戦争状態(第一次大戦)となると、 王家は、 家名をウィンザー家と改称する。 更に、 チャールズ皇太子が即位すると、 家名はウィンザー=マウントバッテン家と改称される予定らしい。 現在の英国王家は、 ノルマン王家初代のウィリアム1世の男系染色体は継承していない。 尚、 サリカ法は、 ヨーロッパの王家、 特にフランク王国の流れを汲む王国(ドイツ・フランスなど)が採用していた。 日本に於いては、 明治になり憲法と皇室典範が制定されたが、 その際にドイツ(当時はプロイセン王国)の影響をを受け、 皇位継承は、 男系男子のみとし、 女帝の即位を排除した。
戦後の皇室典範は、 憲法の下に置かれたが、 旧皇室典範の精神が継承され、 事実上、 男系皇統による継承を維持した。 日本の皇位継承は、 明治の皇室典範制定以後は、 男系男子だが、 それ以前は、 男系女帝にも継承を認めていた。 しかし、 女系天皇は認めず傍系男子による継承方法を採用した。 別姓に皇位が移る事は易姓革命であり、 神話を構築して確立した権威を失わせる事になるからである。 又、 永く皇室が存続したのは、 限定皇族制により、 必要以上の皇族増加を防止したからでもある。 古い時代には、 一定世代を経過すると特別な場合を除き、 皇族身分より排除し、 時代が下ると、 皇室財政の負担増加から、 庶子の皇子や二世王でも臣籍降下(有名なのは源氏と平氏)、 更には、 出家政策、 或いは、 摂政関白家への養子縁組などにより、 天皇家、 及び、 世襲親王家の嫡流とその後継者以外、 排除の方向で幕末に至った。 その後、 皇室の周囲を固める必要から、 第二皇統とも云える伏見宮家の僧籍にあった方々を還俗させて、 多くの宮家が創始された。 もっともその宮家も、 嫡流と分家を許されたもの以外は、 家名を賜り臣籍降下し、 皇系華族となった。 残された家系が(伏見宮系以外の三世襲親王家と天皇家と併せ)皇族となる。 途中絶家となった家もあるが、 昭和22年、 GHQの圧力により、 皇籍離脱(天皇家と三直宮家を除く)に追い込まれた。 現在の皇室とこの家系が皇統という事になる。 私が、 臣籍降下と記さずに皇籍離脱と記したのは、 戦前の旧宮家の庶子の皇籍離脱までと、 戦後のそれが異なるからである。
有識者会議のメンバーはその事を理解しているか私は知らない。 戦後皇籍離脱した旧宮家は、 本姓を賜らず、 旧宮号をそのまま家名(苗字)とする事を承認されたのみである。 従って、 彼らの本姓は無姓であり、 旧皇系華族とは異なるのである。 皇統とは、 現在の皇室一門と旧皇族を示し、 旧皇系華族や、 養子として他姓となったものは除外する。 旧皇族は、 現在は皇族身分を離れているが、 皇統である事には変わりがない。 皇位継承の伝統に従うなら、 皇統傍系の旧宮家は、 重大な役割を担う事になる。 問題は当事者である彼らがそういう事態になった場合、 相当の覚悟を負うことになるという事である。 民間で暮らしていた彼らが、 皇族或いは準皇族となれば、色々な制約を受ける事になる。 更にプレッシャーにも対応しなければならない。 ただ普通の民間人と異なり皇族との交流もあり、 適応は早いかもしれない。 問題なのは、 有識者会議が、 女帝容認どころか、 女系天皇家創始への道筋をつけようとした事である。 しかも第一子優先という暴論を打ち出した事である。 これは、 女系連鎖を生む危険性がある。 正に伝統の破壊である。 同時に、 愛子内親王をダシにして、 秋篠宮以下の皇位継承権を事実上剥奪しようとした事である。 果たして、 小泉内閣は、 この諮問案を上程して強行採決を図るのか?現時点では分からない。 しかし、 与党自民党の中にも反対論があるので、 どう転ぶのか、 現時点では分からない。(2006.1.24.随時更新) 『皇位のゆくえ』(つづき) (噴出する問題点) このページのトップへ移動 ● 昨年からの女帝問題(有識者会議の諮問)の問題点。 1. 最初から答えの用意された諮問会議が組織された事。 2. 問題に緊急性がないのに一年で結論付けた事。 本当に皇位の断絶が問題になるのは数十年後で、 それまでは、 現行の皇室典範で対応出来る。 従って、 一年(それも正味四十時間程度)で、 拙速に答えを出す問題ではなく、 あらゆる選択肢を議論すべき。 3. 本来は、女帝と女系天皇は別の問題であるのに、一括りにして錯覚させた(愛子内親王をダシに利用した)。 男系継承者が不在となった時に、 愛子内親王が即位(女帝)する事に反対する者は少ない(男系女帝の即位は過去に事例がある) 事を利用し、その子供(女系)を天皇にする(女系天皇家創始)考え方があるが、それも、 男系女子がすべて皇位を継承後である。 最後の女子の子供になら検討する必要があるが、 愛子内親王の子供の即位はその後の事で、 場合によっては継承権すら生じない。 4. 皇位継承は、直系相続ではないのに、一部の時点を強調して愛子天皇即位を意図した(意図的に伝統を無視して検討)。 5. 将来の皇位継承に関しては、皇室典範の改正が必要だが、女系天皇家創始を意図した改正を目論んでいる事。 皇室典範の改正の内容によっては、 男系皇統の継続も可能だが、 その部分を避けている。 むしろ女系天皇家創設を意図し、 抱き合わせで女系宮家の創始も提言。 6. 皇室典範の改定内容によっては、男系皇統継続も可能。皇族からも私的に提言されているが無視、有識者会議として再検討もされなかった。 旧宮家を全て復帰させるという点は問題もあるが、 廃絶直宮家(秩父宮・高松宮)、 無嗣の宮家(常陸宮・桂宮)に旧宮家の内、 明治天皇の女系から、 養子を迎える。 或いは、 東宮家・秋篠宮家と三笠宮・高円宮家の子女に宮配を、 旧宮家より迎えるという選択肢がある。 宮配を限定する事に批判がでるかもしれないが、 それなら、 皇族子女は婚姻により皇室離脱とすればいい。 民間へ嫁ぐなら、 ある程度恋愛の自由も許されよう。 そうなった場合は、 現在の男系が終わったら、 新たに設けられた世襲親王家(新常陸宮・新高松宮・新秩父宮・新桂宮)から、 元の宮家の序列に従って継承権を付与すればいい。 各宮家は、 男子の第一子が継承し、 次男以下は婚姻後皇籍離脱とする(成人後という方法もある)事により、 必要以上の拡大を防止する。 皇位継承権第一位の宮が、 天皇家の養子となり東宮となる。 当主が天皇家(東宮家)に転出したら、 その子が宮家を継承する。 前の当主が天皇に即位したら、 その子供は東宮となり、 宮家は、 次男(皇籍離脱前の場合)が継承する。 無嗣の場合は、 他の 宮家の離脱前の男子を養子(正式には名跡継承者)とする。 天皇家に男子が複数誕生して、 新たな世襲親王家が創始された場 合は、 最も遠い宮家(血統ではなく家系で)から皇籍離脱とする(世襲宮家が五家以上の場合、 始祖天皇から六世を経過した場合も検討の対象とする)(皇族身分は、 原則として限定皇族制)。 (皇族の範囲については、 更なる検討も必要) 7. 女系容認・第一子優先の場合、女系の連鎖(第三・第四の天皇家の出現)が起こり、皇統断絶どころか、血脈の乖離も進行する。女子が連続すると、天皇家ではなく、雅子様の純粋女系。 愛子様の子孫は、 母方でも天皇家には繋がらず(Y1染色体非継承)、 父方は非皇統(Y2.Y3.Y4.Y5.Y6・・・)で、 X染色体のわずかな部分に、 現在の天皇(平成天皇)のX染色体の断片が残る程度で、 系図上は女系の子孫だが、 血脈と云えるかどうか・・・。Y1染色体は継承されていないから、 皇統・同一血統とは言い難い。 女子が連続する純粋女系の場合、 雅子様のミトコンドリアDNAが継承されるが、 美智子皇后のものは継承されない。 愛子内親王には、 既に東宮(皇太子)のそれは、 受け継がれていない。 つまり科学的観点に立つなら、 皇統には女系は存在しないというわけである。 8. 女系宮家の創始(永久皇族制)は、皇族の拡大、異姓宮家の並立という異常事態を引き起こす(王族は同一血統が基本原則)。 国民の負担を増加させる(先々数千億円の負担増加という見方もある)(増税或いは、 赤字国債の発行)。 ● 有識者会議の答申の問題点を総括すると 1. 男系皇統による継承の検討を排除した点。 (秋篠宮の継承権を事実上剥奪しようとした) 2. 女帝と女系天皇の違いを明確に、政治家及び国民に示さなかった点(本来は切り離して検討すべき問題)。 3. 女系天皇家の創始に際しても、男子優先でなく長子優先とした点(新たな女系天皇家が連鎖的に誕生する危険性あり)。 4. 女系宮家の創始と永久皇族制の継続(国民の負担の増加を考慮せず)を並立させた点。という事になる。 次に問題とすべきは、小泉首相の、有識者会議設置の意図である。 ● 何故、今、皇室典範の改正問題を検討しなければならないか。 (現行の皇室典範でも、三十年は機能する) ● 何故、皇室にかかわる問題なのに、皇族代表・歴史研究家・皇室問題研究家・宮中・神道祭祀に精通した神道関係者が会議のメンバーに招集されなかったのか?(隠された意図は何?)
必然性のないものを、何故拙速に検討しようとしたのか? 皇室の存在は、千二百年以上に及ぶ日本の歴史と伝統文化の象徴である。それを正味四十時間程度で、著名人といっても、どれほど歴史や皇位継承について精通していたか。何故、民間から皇配を迎える事にこだわり、旧皇族から迎える事を排除するのか、その論理展開には矛盾がある。又、有識者会議や政府は、国民に正しい情報を伝えず、愛子様に皇位継承が可能となるムード作りにより、国民に女系天皇容認の空気を広げようとした事も見逃してはならない。秋篠宮の継承権を剥奪、女系天皇家を創始それに関連して、永久皇族制の拡大による国民負担の増加の説明もないという状況が、国民にとって正しい選択となりうるのか。そういう選択しかない状況を作り出して支持・容認を求めるのは民主主義とは言い難い。あらゆる選択肢を開示し、問題点も明らかにして議論される問題である。何より伝統・文化を破壊する事は(自然に壊れるのは仕方がないが)避けねばならない。※ 小泉首相が伝統文化を破壊する事を問題視しない首相であることは、平成の大合併の押し付けが立証している(伝統文化や地名が消えて行く)。
(2006.1.29更新) このページのトップへ移動 『皇位のゆくえ』 (つづき) (昨年からの動向)
昨年の有識者会議の答申後、 皇位のゆくえはどうなるか? 注目しているが、 色々な動きがある。 有識者会議への批判はもちろんだが、 旧竹田宮家の末裔が、 この問題に関連した著書(「語られなかった皇族たちの真実」 竹田恒泰、 小学館)を刊行されたり、 三笠宮寛仁親王の再度のご発言があったりで、 小泉首相の思惑通りは進行しないかもしれない。● 平成17年(2005)9月末、 「柏朋会」の冊子で、 三笠宮寛仁親王が、 「有識者会議(吉川弘之元東大学長・皇室典範に関する有識者会 議)」の女系容認論に疑問を呈し、 私見を述べられる(11月4日.「中日新聞」による)(先に「読売新聞」がスッパ抜く)。男系よる皇位継承を支持し、 女系天皇容認論に疑問をはさむものである(「有識者会議」は、 これを無視、 10月25日に、 女帝・女系天皇を容認する事を決めた。 併せて、 皇位継承は男子優先でなく、 第一子優先、 女系宮家の創始も提言)。 1.臣籍降下された元皇族の皇籍復帰(11宮家の復活)。 2.現在の女性皇族(内親王)に養子(正しくは婿養子)を元皇族(男系)から取る事ができる様に定め、 その方に皇位継承権を与える(差し当たり内廷皇族と直宮のみに定める)。 3.元皇族に廃絶になった宮家(例=秩父宮・高松宮)の祭祀を継承して戴き再興する(将来の常陸宮家・三笠宮家もこの範疇に入る)。 4.昔の様に「側室」を置く という手もあります。 (中略) 今の世相からは少々難しいかと思います。 というご発言である。 この内、 4.の「側室」については、 ご自身も述べられているが、 現代の世相とはマッチするものではないので除外するとして、 他の件については、 考慮の余地がある提言であるが、 「有識者会議」は、 バッサリ切り捨てている。 ● 10月25日、 有識者会議は、 女系天皇容認を決議(女帝・女系容認・女系宮家創設・永久皇族制)。 ● 11月1日、 超党派の国会議員でつくる「日本会議国会議員懇談会」が、 「男系によって継承されてきた皇位の継承方法を直ちに変更することは慎重に検討すべきだ」との決意文を発表。 (2005年「週刊ポスト」11月18日号 [女帝論の拙速]と[天皇家の不在]より) ● 11月24日、 有識者会議が、 「女系容認・第一子優先継承」を骨子とする答申をまとめる。 ● 「週刊新潮」12月1日号で、 女系天皇を皮肉る記事が掲載される(「女帝容認」なら「ホリエモンの子供」も天皇になれる?」)。実際には起こり得ないが、 ホリエモンが、 合コンなどで女性皇族と知り合い結婚した場合、 その皇族に皇位継承権があれば、 その子供が天皇になる事もありえるという事である(その後、 ホリエモンは逮捕されたので絶対にあり得ない話だが・・・・)。
ところがこの話は冗談ではない。 インターネットなどで流れる記事の中では、 数年前に、 某大物政治家が、 自分の息子だか孫だかを天皇家に送り込めないかと考え、 女系天皇の可能性を秘密会議で検討させた事があるらしい。 この話はガセかも知れないが 実際に、 政府は数年前に、 皇位継承に関して秘密会議で検討したようで、 そのメンバーの数人が、 有識者会議に関係しているとのうわさがある(表のメンバーでは副座長らしい。 裏のメンバーつまり政府側の関係者は不詳)(読んだ記事を紛失したので、 出所は不詳としておく)(少なくとも二名のメンバーが、 秘密会議の参加者らしい)。● 「週刊ポスト」12月2日号に、 「旧皇族・竹田恒泰氏が「反女系天皇の覚悟」を語った」 という記事掲載される。 ● 「週刊現代」12月17日号に、 竹田恒泰氏と田原総一朗の対談が掲載される。 ● 12月中旬、 「語られなかった皇族たちの真実」 (竹田恒泰、 小学館)が刊行される。 ● 平成18年(2006)、 「Will」 1月号は、 「本当に女帝でいいのか」という特集を組み、 三笠宮寛仁親王の、 柏朋会の会報 「ざ・と ど」 第88号の記事を掲載する。 * 正式には、 寛仁親王は宮号を襲名していないので、 寛仁親王が正しいが、 便宜上宮号を記す。 更に、 「どうしても伝えたい寛仁殿下の真意」(加瀬英明)を掲載する。 加瀬氏は、 有識者会議のメンバーを「論じる資格がない」と 酷評している。 吉川座長に対しては、 「常軌を逸している」と強烈に批判されておられる。 加瀬氏の指摘には、 強烈ではあるが、 同調できる部分もある。 メンバーが皇族に対して無礼な点がある事は事実(「文藝春秋」2月号で、 櫻井よしこ氏が指摘)、 一国民の視点で見ても、 何様という印象を持った。 右翼思想の持ち主だけでなくても、 歴史研究をする人間なら少なからずそういう印象を抱いたのではないか? ● 「文藝春秋」2月号に、 櫻井よしこ氏の対談形式のインタビュー(語り手・寛仁親王)「天皇さま その血の重み・なぜ私は女系天皇 に反対なのか」を掲載。 ● 1月20日、 通常国会が始まる。 19日、 記者団に対し小泉首相は、 「皇室典範改正案」の上程と会期内成立を明言、 党議拘束も示唆する。 自民党内には、 慎重論・反対論が根強いのに党議拘束をかけたら大問題となる。 反対派の超党派議員の会の代表が、 郵政民営化で反対して離党に追い込まれた平沼氏として、 私怨で党議拘束などかけたら、 政策だけでなく心の問題でもあるのでただではすまない。 首相の意向としての、 単なるパフォーマンスに賛成する議員は少ないのではないか。 これは単なる制度の破壊ではなく、 歴史や伝統の破壊と云う側面がある事を考えるなら、 反対派が賛成に転じる事は難しいし、 当初から賛成ならともかく、 党議拘束だから賛成というなら、 そんな信念もない政治家に政治家を続ける資格はない。 象徴天皇制は、 多くの国民に受け入れられている。 今後歴史や伝統を守りつつどう存続せしむるかを検討すべきである。 まずはあらゆる可能性を調査検討すべきであろう。 伝統を逸脱したものなら、 現在の皇室の男系及び男系女帝を最後として天皇制は廃止とすればよい(それまでに数十年かかる)。 ● 1月21日の「中日新聞」によれば、 「象徴天皇制度は、 国民の間に定着しており、 皇位が将来にわたり安定的に継承されるよう、 有識者会議の報告に沿って、 皇室典範の改正案を提出いたします」と述べた。 果たして有識者会議の答申が、 本当に皇位を安定的なものにするのか? 女系容認というのも、 それほど安定的ではない。 まず婿たる人が見つかるのかという問題がある。 女系天皇創始の為には、 皇配や宮配を確保しなければならない。 民間から皇室に入る事は大変なプレッシャーで、 それは東宮妃の雅子様の状況が如実に物語っている。 こればかりは、 野心だけでは勤まるものではない。 婿が見つからなければたちまち崩壊する。 婿を迎えて存続させる事は、 安定的とは云いがたいのである。 より安定化させる為には、 養子制度により先に世襲親王家を確立すべきである。 ここで先の寛仁親王の提言が生きてくる(「有識者会議」の答申を白紙に戻し、 再検討する事が望ましい)。
養子により世襲親王家を確立しておけば、 無理に愛子内親王に婿を迎えずに、 独身のままで即位(現在の男系の断絶後)してもらいつつ、 世襲親王家の人々に帝王学を学ばせ、 皇族として公務に参加してもらえば、 国民の違和感も薄まるであろう。 女帝の後は、 世襲親王家の皇族が女帝から皇位を継承すればよい。 そうすれば、 無理やりの結婚という弊害は回避される。 勿論、 世襲親王家の皇子から、 愛子内親王や眞子内親王及び佳子内親王が婿を迎えるのは、 彼女らの選択に任せればいい。
最初から押し付けるのではなく、 環境を整えて選択してもらうというのがベストではないか? 又、 民間人と結婚して皇籍離脱したいという意志があれば尊重すればいい。 皇位は養子の男系皇族が継承するので、 直接の血脈は切れても、 皇統は維持されるし、 系譜上は同一系譜の延長となる。 勿論、 養子に入った世襲親王家の皇子と結婚されれば、 双系一体となるので、 本流と傍系が再合体し、 皇室のカリスマ性を損なうことは回避される。
皇室典範を改正するなら、 まず養子・猶子制を復活させる事である。 又、 継承順位は、 第一子優先ではなく、 兄弟姉妹間男子優先とする(女系連鎖は極力回避)。 養子制度も併せて導入してこそ皇位は安定化するのであって、 女系で、 皇配や宮配は民間からのみとするのでは、 安定性に欠けるものとなるのである。● 自民党内も二分。 1月22日の「中日新聞」には、 賛成派の甘利明氏のコメントと反対派の下村博文氏氏のコメントが掲載されている。 甘利氏は、 「ほかによい選択肢がない」と述べ、 下村氏は、 「国の精神的解体になる」と述べている。 下村氏は、 すべての旧皇族を復活させるのは拙速とし、 まず旧皇族の中から養子として皇室に入ってもらうなど段階的な方法が考えられると述べる。 男子優先だと直系と傍系が移動しやすく、 皇位継承が不安定になるという点については、 遠い血縁からでも後継者を求めた皇室の伝統を考えれば、 皇籍離脱六十年といっても、 そんなに昔の話ではないと反論される。
愛子様の即位は男系女子で異論はない。 皇室典範第一条の、 「男子」から「男」を削除するだけで可能と説明(女系問題とは切り離される)。 下村氏は、 皇位継承は、 わが国の歴史そのものだ。 それを断絶して女系天皇を容認する改正案は、 この国の精神的、 文化的な解体につながる。 絶対認められないと主張される。 一方、 甘利氏は、 「女性天皇はいいが、 男系を守るというと、 どういう方法があるんですか」と開き直る。 あげく側室制度まで持ち出している。 今時、 側室制度の様に現代社会に馴染まないものまで復活せよという強硬な意見はない。 寛仁親王でさえ、 一つの方法ではあるが、 現代には馴染まないものとされておられる。 甘利氏は、 女性皇族が皇族に残る(女宮家)為皇族が増えるという指摘に対して、 皇室離脱制度を柔軟に活用すると述べるが、 過去の皇籍離脱は、 旧宮家の皇籍離脱を除けば婚姻による離脱であり、 例えば、 寛仁親王の皇籍離脱の動きは阻止された。 又、 秋篠宮にも、 そういう動きがあった様だが、 問題が拡大する前に押さえ込まれた。
戦後、 皇族が自由意志で皇籍離脱を認められたケースもなければ、 政府が現在の天皇家と直宮一族に対し、 皇籍離脱を強要した事もない。 「皇室離脱制度を柔軟に活用する」という意見には、 何の根拠もないのである。 現状では、 皇籍離脱の強要はできない建前である。 国会議員がそんな事も承知していないとは以外であった。 有識者会議の答申に便乗する政治家や首相が、 いかに無責任か明らかであろう。 有識者会議は、 こういう問題に対して責任ある回答は打ち出していない。 それを実行するには、 限定皇族制の導入しかない。 昔の人はそういう知恵を持っていて、 皇族の範囲を限定していた。 永久皇族制を主張する有識者会議の無責任さも、 この点でも明らかである。● 1月27日の中日新聞によると、 自民党内には、 「皇室典範改正法案」の今国会提出の先送り論が台頭しているらしい。 26日に、 保守系議員を中心に超党派で結成された「日本国会議国会議員懇談会(会長・平沼赳夫元経済産業相・無所属)」が、 「法案を強引に上程すれば、 国論は分裂する」と改正法案提出に反対する決議を採択。 又、 執行部内でも、 「通常国会でやる緊急性はない(久間章生 総務会長)」、 「世間は女性天皇と(母方だけが天皇の血を引く)女系天皇(の違い)がよく分からない(片山虎之助参議院幹事長)」などと、 慎重な意見が増えてきた。 今のような状況で強引に採決に持ち込むと混乱に陥る可能性が出てきている為だ。 執行部としては、 今後、 反対論、 慎重論の高まり具合を見極めながら最終判断を下すことになる。 一方、 小泉首相は26日夜、 「皇室典範に関 する有識者会議」の吉川弘之座長ら同会議メンバーと首相公邸で会食し、 女性・女系天皇を容認する皇室典範改正案について「今国会で成立させる。 安心して下さい」と明言した。 と報道された。 小泉首相としては、 今国会での成立を諦めていないという事である。 明言したという事は、 党議拘束での強行採決しか方法がない。 昨年の郵政国会と同様の手法を用いるのか? 首相のメンツで伝統・文化の象徴が破壊されるとしたら大問題である。
何故敗戦国であるにもかかわらず皇室が存続出来たのか? ドイツは、 第一次大戦で敗戦国となり帝制は崩壊した(1918年)。 イタリア王国は、 第二次大戦で敗戦国となり王制は崩壊した(1946年)。 しかし、 日本は第二次大戦で敗戦国となったにもかかわらず、 昭和22年(1947)に11宮家が皇籍離脱に追い込まれが、 皇室は存続を許された。 何故か? それは、 天皇家が単なる皇帝家ではなく、 伝統文化の象徴であり日本と日本国民統合の象徴であったからである。 庶民の多くは皇室の存続を望み、 占領政策を円滑に進めるには必要な存在と連合国軍総司令部が認識したからである。
私は、 後南朝の問題から熊沢天皇事件を知るが、 熊沢天皇は、 一時、 国民の反応を探るためにGHQに利用された。 しかし、国民の反応は冷ややかで、 昭和天皇に代わる存在ではなかった。 結局、 総司令部は、 皇室の経済基盤の縮小と皇族の削減を受け入れる事で皇室の存続を許した。 その代わり、 元陸軍元帥であった梨本宮が逮捕されている。 戦争責任があるか否かは関係ない。 大元帥たる天皇が逮捕できないのなら、 軍の重鎮であった皇族を逮捕しなければ、 司令部としても、 日本に対する直接の戦勝国であるアメリカのメンツの問題が解消されない。 結局、 極東軍事裁判で有罪となるのは、 開戦から終戦までの政府・軍の関係者と云う事になる。 明治憲法下では、 天皇が最高権力者(唯一の統帥権保持者で主権者)であり、 当然に戦争責任があるが、 天皇と皇室を強硬に処分すれば、 敗戦処理をしていた政府も崩壊し、 総司令部の占領政策も危うくなる可能性があったので、 最終的に皇室財産の縮小と皇室規模の縮小に止めた。 しかも、 皇室規模の縮小は、 表面上は自発的行為になるように仕向けた。 結果、 終戦直後ではなく、 昭和22年まで、 旧宮家は皇族の地位を保ったのである。
欧米と違う概念の地域を占領する場合、 それがよくも悪くもカリスマによって支配されている場合、 権力者の打倒のみでは混乱が生じ、 占領政策がうまくいかないのは、 イラクの占領状況が実証している。 日本を占領したのがアメリカではなく、 ソ連(現在のロシアを中心に構成されたソビエト連邦)が占領していたら、 恐らく皇室は廃絶に追い込まれていた可能性は高い。 武力や謀略で衛星国家建設を目論むソ連にとっては、 皇帝家や王家など邪魔でしかない。 又、 太平洋戦争開始以前に、 中国に共産党政権が成立していて直接対決していたら、 戦争終結後、 その圧力で天皇制は廃止に追い込まれたかもしれない。 現在、 小泉首相の靖国参拝を強硬に批判する背景には、 そういう事も要素の一つとして存在するという事である。
皇室は、 敗戦後廃絶の危機にあったが、 庶民の多くは皇室の存続を支持した事は、 熊沢天皇事件でも明確に示された。 GHQ内部にも、 熊沢を利用して皇室の権威の削ぎ落としを意図したグループが存在したらしいが、 国民が熊沢を支持しないことを確認すると、 これを切り捨てた。 天皇制打倒を叫ぶ勢力は存在したが大勢とはならず、 象徴天皇制という形で現在まで存続したのである。 国民と天皇家とのかかわりは実際のところは、 新政府成立から80年ほど(敗戦時点で)の歴史しかない。 武家政権の時代には、 庶民にとっては、 領主が支配者で、 その上に公方様(将軍)がいて一番偉いという認識で、 お上(天皇)など与り知らぬ存在であった。 関西はともかく、 それ以外の地域では無縁の存在である。 ただ権力者にとっては、 武力で権力を簒奪した後に、 権力を正当化する権威としては必要な存在であった。
豊臣秀吉は、 天皇の権威を借りて、 全国の武士を支配下に収めたのである。 再び天皇の権威が注目されたのは、 幕末維新の討幕から新政府樹立の時期である。 この原動力は、 薩長の下級武士と下級の公家であった。 結局、 幕府は政権を返上(大政奉還)した。 しかし、 すんなり新政府が成立したわけでは なく、 東北の列藩同盟や、 幕府の強行派は、 皇族の一人を擁立(東武皇帝)して、 別の政府を設立しようとしたのである。 結局は数カ月で崩壊し、 明治新政府と明治天皇の許に政権は統一された。 政府は欧米諸国に追いつくために近代化を図るが、 その過程で、 慣習法的な皇位継承を成文化したが、 その過程でプロシア憲法などの影響を受け、 サリカ法のエッセンスも取り入れ、 女帝の即位は排除して、 完全な男系相続を打ち出したのである。 しかし、 江戸時代までは、 繋ぎとしての女帝の即位は認めていたが、 女帝の子供が皇位を継承する事はなかった(男系原理)。
日本はいかなる権力者が出現しても、 王朝交替とはならなかったのである(系譜上)。 異姓の天皇家が出現しなかった事が皇国史観の形成・万世一系論を生み出し戦前の日本に至るのである。 最も盤石ではなく、 戦前、 不満を持つ軍部の一部が、 昭和天皇を廃して熊沢天皇を擁立しよう(軍の傀儡として)という動きがあった様だが、 クーデターを起こすまでの勢力にはならなかったらしい(熊沢信太郎or熊沢寛道? 荒木貞夫大将が関係しているとも云われるが、 詳細は不詳)。 軍部の一部が熊沢を擁立しようとしたのは、 熊沢家が南朝の末裔を称していたからである。 南朝末裔なら異姓ではなく、 天皇家の同族(しかも、 後南朝末裔は、 賜姓も臣籍降下の手続きも無しに民下に埋没したという背景があるので皇統と主張)という事で、 王朝交替にはならないという理屈である。 しかし、 これは幻に終わった。 とにかく、 皇室は、 戦前・戦中・戦後の危機を乗り越え現在に至る。
天皇制は、 明治政府成立から80年の内に、 「国体」として国家と国民(当時は臣民)総体の柱となっており、 戦後の混乱期にそれを廃することは大混乱を招く懸念があった。 そういう存在であったから、 総司令部は、 直ちに廃止せず、 世間の動向も観測しつつ、 占領政策に利用する事に決したのである。 多くの国民から反感をかっていなかった事も幸いした(軍や特別高等警察に対する恨みや反感があったとしても)。 戦後の巡幸でも、 熊沢一派には冷ややかでも、 天皇の巡幸は歓迎されたらしい(その時筆者は生まれていないので分からないが、 資料などによると・・・)。 天皇制が整備されたのは明治になってからだが、 伝統は維持していた(江戸時代は、 公家と共に伝統・文化を維持する役割を担っていた)。 その究極のものが権威であった。 日本は、 武力による簒奪だけでは正当性は担保されず、 権威による承認により権力は確立されたのである。 有識者会議は、 そういう皇室の伝統や歴史背景を考慮せずに「女系天皇容認・第一子優先」を打ち出した事が大問題なのである。
歴史を無視するから、 今上天皇(平成天皇)−−皇太子−−愛子内親王という短絡的な発想になるのである。皇位は、必ずしも直系で相続された訳ではない。皇位断絶の危機回避の為に皇室典範を改正するなら、皇太子に男子がなければ弟宮が嗣子(次の皇太子)となる。 弟宮も無ければ直近の男子皇族を嗣子とすると定めればよい。 女子に継承権を認める場合、 現在の東宮(次期天皇)の直近女性皇族より認める事とすればよい(内親王まで)。 当面はこの程度の改定で、 数十年は天皇制は維持できる。 その後については、 傍系皇統(男系)を皇族身分に復帰せしめ継承権を付帯する。 最後の女性皇族の子孫を新たな天皇家とする(王朝交替)。 現在の皇室が断絶したら天皇制は廃止する。 この三つのいずれかを国民が選択する事となる。 今ここで無理やり答えをだす必要は無い。 数年かけて十分議論すればいい。 選択するのは次の世代であって、 有識者会議のメンバーや小泉首相ではない。
有識者会議の答えは、 現在の皇位継承権第二位以下の継承権を事実上無効とし、 女系天皇家創始を狙うもので、 長期展望に立てば、 皇室不要論の喚起を促すものである。 戦後、 左翼勢力は天皇制廃止を主張したが、 国民の大勢を占めることは出来ず、 天皇制は、 象徴天皇制という形で現在に至る。 主張がストレートであったので、 国民も支持か不支持かを考えればよかった。 戦後、 天皇の不適格訴訟も起こされたが、 事実上の門前払いで、 天皇制が揺らぐことは無かった。 戦後の米ソ対立を機軸とした冷戦構造も幸いした。 アメリカではマッカーシー旋風が起こり、 日本ではレッド・パージが起こる。 戦後公職追放となった人々も復権する。 中華人民共和国の成立や朝鮮戦争なども、 少なからず影響を及ぼす。 1955年には、 保守勢力が合同して自由民主党が誕生する。 1957年(昭和32年)2月、 元戦犯の岸信介(安倍晋三官房長官の祖父)が首相に就任し、 岸内閣が誕生する。 左翼政権の誕生の可能性はほとんどなくなり、 天皇制も廃止の可能性からは乖離する(自民党には、 内務官僚出身者もおり、 常に自主憲法の制定と天皇制の強化を狙う)。 戦後の日本に革命とかクーデターが起こらなかった事も、 象徴天皇制の存続を可能にした。 今の日本に天皇制を廃止しようという動きは顕在化していない。 従って、 次代の皇位継承について、 今年中に結論を急ぐ必然性はないのである。
現時点で愛子内親王の継承権を確立する事は、 雅子東宮妃が男子を生まない事を前提としたものであり、 失礼な話である。 同様の事は秋篠宮妃にも言える事で、 現在の皇室に男子誕生は絶望的であると宣言するようなものである。 又、 改正皇室典範を何時から適用するかという問題もある。 既に、 数年前から秘密に検討されて来た事である事であるが、 そんなに危惧をするのなら、 黒田清子さん(紀宮清子内親王)の婚姻前に決すべきではなかったか。 有識者会議の答申を実行すれば、 一年の違いで、 天皇の娘は民間人となり、 天皇からすれば、 従兄弟の娘が皇族として残るという何とも複雑な状況となる。 少なくとも、 女系宮家創設を認めるなら内親王までとすべきであろう。
女帝が認められたとしても、 三笠宮の系統が即位する可能性は、 限りなくゼロに近いという状況からでも、 有識者会議の答えは十分でない事は明白である。 やはり国会議論するなら、 答申は参考意見程度として、 一から議論すべきであろう。 しかし、 政界では、 対立構図が固まりつつある。 本日(2/2 中日新聞)の朝刊によると、 平沼赳夫氏を会長とする超党派の「日本会議国会議員懇談会」は、 1日に開催された緊急総会で170名の反対署名を集めたという。 内閣が国会に改正案を提出しない事態をつくる事が責務と発言するが、 小泉首相は、 今国会に改正案を提出して成立を期すとの方針を重ねて強調、 強気の姿勢を崩していない。 このまま国会に上程されれば、 国会を二分する大議論となる可能性が高い。 罵り合いの泥仕合となるかもしれない。 絶対女帝・女系VS絶対男系維持という対立軸だけでは、 解決は難しいかもしれない。 結局小泉首相お得意の強行突破という事になるか。 しかし、 学習院大学名誉教授の篠沢秀夫氏が提唱されるような第三の選択という道も検討してはどうであろう。
「女系容認」かつ「男系維持」という選択である。 というと短絡的に愛子内親王に旧宮家から婿を迎えると取られるが、 それほど単純ではない。 篠沢学習院大学名誉教授は、 まずこの問題を急速に決定する必要があるのかと指摘(「諸君」 3月号)。 同感である。 戦後、 近代皇室を構成し、 既に廃絶となった直宮家の復活である。 これには皇室に養子制度を認める皇室典範の改正が必要である。 ここに旧宮家から養子を迎える。 その中から、 皇室典範の改正で誕生する女性皇位継承者が婚約者を選択するというという方法である。 養子となった旧宮家出身者は、 宮家の祭祀は継承するが、 当代が有するのは皇配(皇婿)となりうる資格であり、 天皇は現在の皇室の女性皇族である(内親王である愛子様・眞子様・佳子様が天皇候補)。 又、 現在嗣子のない常陸宮家にも同様の対応を検討してもよい。 世襲親王家という形にし、 傍系は限定皇族制となれば必要以上に皇室が拡大する事はない。
皇族の範囲などには議論の余地もあるが、 検討すべき提案ではなかろうか。 この場合、 愛子内親王は女帝として即位しても問題はない。 独身のままで後嗣がないと言っても、 愛子様の選択なので、 その後は、 眞子様が即位し、 その子供が後継天皇になればいい。 ただ、 皇族の場合は、 民間と同列の自由恋愛は成立しないという事は承知しておくべきである。 何故なら、 皇族は、 国民と同等の権利を有するわけではなく、 皇統を存続せしめる義務を負っているからである。 この方法で、 皇配となる皇族の数が不足するなら、 皇親(準皇族)という形で、 三笠宮・桂・高円宮の名跡継承者として、 残りの旧宮家・旧皇族華族の子孫(旧宮家傍系 男子)を迎え入れる事も、 一つの方法。 そこから、 婚約者を選んでもらう。 これなら民間から皇配を迎える事と大差はない。 三笠宮家・高円宮家は、 各女王が婚姻により皇籍離脱すれば無嗣となる。 又、 王号なので、 かつてのように範囲を限定されれば、 王号は二代までで、 三代目は皇族身分を失う。 この間に世襲親王家(常陸宮・秩父宮・高松宮)のどこかが無嗣廃絶となれば、 皇親家系から(ただし皇族身分を保持している場合)、 継承者を迎え、 親王家を維持する。 篠沢氏の提唱以外にも、 第三の方法は検討の余地があるというわけである。
民間人といっても、 旧宮家以外に、 旧皇族華族(宮家傍系で戦前に臣籍降下)、 旧皇系華族(皇別摂家とその傍系)など、 現在の皇室と二十親等以内の男系家系があるので、 将来の皇配候補で、 皇親候補は結構いるわけであり、 女系を補完する制度の整備の余地はあるという事です。 従って、 一年で結論を出すべき問題でないというのは当然の事で、 一年余りで結論を出そうという小泉首相の姿勢が異常なのである。 女系容認・皇室の異常な拡大で喜ぶのは、 仕事が作れる宮内庁と、 皇配に身内を送り込むことを狙う連中ぐらいであろう。 防衛庁は防衛省昇格を狙うが、 宮内庁も宮内省への昇格を狙い密かに女系容認論が議論される為の準備をすすめていたのではないか。 噂話なら聞き流せるが、 真実なら由々しき事である。 どちらにしても、 暫くは、 国会での議論や政府の暗躍に注目しよう。 ただ、 これらの動きは、 雅子東宮妃らに失礼な事であると指摘して、 暫くこの問題は、 模様眺めとする。(2006.2.2) このページのトップへ移動 「皇位のゆくえ」 (つづき.2)(紀子様ご懐妊) 当初、このコーナーは、2月2日で一休みとし、 国会と小泉内閣の動向を見守るつもりであった。 しかし、 事態が急変したので、 再びこの問題を検討する。 1月27日付けの中日新聞によれば、 有識者会議の答申に反対の勢力だけではなく、 自民党執行部内部にも慎重論が出ている皇室典範改正案の上程問題であるが、 あいかわらず強気な小泉首相。 しかし、 思わぬ事態が発生する。 慎重派にとっては追い風ともなる事態である。 2月7日、 秋篠宮妃紀子様の御懐妊(妊娠第六週)が明らかとなる。 この事は、 衆議院予算委員会に出席中の小泉首相にも秘書官から伝えられた。 その時、 一瞬、 呆然とした表情となる。 野党の質問にも聞き入る余裕はみられなかった。 質問の議員からも指摘される始末である。その後、 事態が明らかになった後の、 民主党の岡田克也氏(前党首)の質問では、 じっくり審議して今国会で成立させると強気の答弁をする。 しかし、 党内からは慎重論も益々高まる。 「皇室典範改正」を政局に利用すべきでないという声も広がる。 2月9日の中日新聞朝刊は、 小泉首相が、 「皇室典範改正案」上程を事実上断念示唆と伝える。 全会一致で改正されることが望ましいと発言(現状では全会一致はありえず、 「有識者会議の決議」は、 そのままでは無理で、 いくつかの修正が必要となろう。 結局、 日程からみても、 修正となれば、 今国会での上程は難しい)、 強気な姿勢からトーンダウンする。 しかし、 周囲を欺くことは平気な首相であるから、 国民は、 今回の通常国会終了まで注視する必要はある。 修正不要なら、 閣議決定は、 与党の党議拘束の対象となるので会期末ギリギリでの強行採決も不可能ではない(造反議員が大量に出れば、 廃案の可能性もあるが・・・)。 しかし、 9月に近づけば、、小泉内閣は死に体となるので、 そこまでの強硬戦術は難しくなる事は否めない。 しかし、 ギリギリまでは、 あの冷酷な首相には、 国民は気を許してはいけない(最近、 雑誌の報道で、 小泉首相は、皇室に対して畏敬の念のない事が、 スッパ抜かれている。 「週間文春」2月16日号「皇室も改革だ!」小泉首相不敬言行録)。 それが事実なら、 「憲法改正」は無理でも「皇室典範」改正で名前を残そうというさもしい野心の現れという事になる(もっとも、当の首相は認めるわけはないが・・・・)。 皇室の存亡より、首相の野心優先なら言語道断であろう。 女性の味方とかフェミニストというのは、 小泉首相のポーズであって、 彼が女性の味方でない事は明白であるが、 国民はそういう事は知らずに、 彼のパフォーマンスに幻惑されている(私は、小泉首相のルーツ、縁戚に興味を持ち、幾つかの評伝や政治家の閨閥について書かれたものなど若干ではあるが探して読んでみたが、その中で妊娠した女性を子供が生まれる前に捨てたという記事に遭遇した。彼が冷酷な男である一面をかいま見た。数年前には、一部週刊誌も取り上げていた。事実なら、とても女性の味方とかフェミニストなどとは呼べない。女系容認を云うのは、正統な皇室の存続より、別の思惑があるのではという疑念にかられる)。 この問題を掲載した当初より、 首相や有識者会議は世論誘導を行っていると指摘したが、 その結果は、 アンケートの取り方にも現れている。 これは、 大手新聞社や放送局などにも責任の一端はあるが、 そういう流れに乗っかるのは、 太平洋戦争の時の大本営発表と五十歩百歩であろう。 この問題は、 男系が女系かという設問ではなく、 男系継承か、女帝(男系女帝も)も容認か 、女系天皇容認かとすべき問題であった。 そうなれば違った数字になる。 女帝容認(愛子様も継承権者の一人に容認、 現在の内親王にも継承権付託)までは、 かなりの人か支持するであろう。 しかし、 女帝と切り離された女系天皇となるとどうなるか。 数字は現在の70%前後から下がる事は間違いない。 女帝容認の改正でも、 現在の皇室は、 30年以上存続可能となる。最後の女帝即位までに、現在の皇統に男子が誕生しない場合どうするかを検討すればいい(天皇制の廃止、旧皇統の復活、女系天皇家の創設)。女帝容認の改正で、愛子様、眞子様、佳子様が、 継承権を持たれた場合、 どういう順位にすべきかという点については、 現在の男系順位の後に続ける形とし、 男子が誕生した場合は、 愛子様の前の順位(男系の最後尾としておけば、 男系優先で女性にも継承権を認めるという形は維持される)。 「有識者会議の答申」の問題点は、 このサイトでも散々批判したので、 読者の方にはご理解いただいていると思います。 よく分からない方は最初から読み直してください。 話を戻しましょう。 紀子様ご懐妊、 秋頃に第三子が御誕生となる。 その時には、 宣言を実行しているなら、 小泉首相は退陣し、 新たな内閣が誕生している。 男子であれば、 継承権第三位という事になる。 この後に男子が誕生する可能性は、 皇太子御夫妻・秋篠宮御夫妻の年齢を考えた場合、 それほど高いとは言えない。 従って「皇室典範の改正」が必要になるのは間違いない。 従って、 一挙に改正するより、 暫定措置として、 三人の内親王と今後誕生するかもしれない内親王には、 継承権を付帯する改正のみをしておけば、 今世紀中の皇室の消滅は、 特別な事由が発生しない限り回避される。 当面はその部分のみの改正とし、 その後の対策として、 女宮家の創設(ただし限定皇族制)、 養子制度の導入により、 高松宮・秩父宮・常陸宮に皇室会議により選出された皇親(当面は、 明治天皇女系の旧宮家より選出)を養子として世襲親王家を創設(直系を世襲皇族制、 傍系を限定皇族制とする)する。 女帝の皇配、 女宮家の宮配は、 世襲親王家より迎える事とする。 こう記すと、 男女平等・恋愛自由とする一般国民と同列でないという批判もあるが、 そもそも皇族は、 国民と同列ではないし、 厳格に言えば国民ではない。 その事を最初に理解しておくべきである。 戦後、 日本における家制度は崩壊した。 唯一残ったのが皇室である。 皇室は天皇家だけでなく東宮家、 秋篠宮家、 常陸宮家、 三笠宮家、 寛仁親王家、 桂宮家そして高円宮家(当主の高円宮様は逝去されておられる)によって構成されている(秩父宮家と高松宮家は絶家)。 戦後民間では、 家制度が崩壊し核家族となった。 結婚も、 個人の自由意志によるが、しかし、 形式的には、 家の意識もあるようで、 会場の表記は〇〇家というものが多い。 姓も当事者の協議により、 男性方の姓でも女性方の姓でも選択は自由である。 しかし、 その多くは、 男性方の姓を選択している。 女性方の姓を名乗る場合、 多くは自由選択というより、 婿養子という形が多い。 単なる婿である場合は、 やはり男性方の姓が多い。 婿養子となった男性は、 奥さんの両親が亡くなると、 祭祀財産(仏壇・お墓など)を引き継ぎ、 奥さん方の先祖供養を引き継ぐ。 つまり、 事実上は、 奥さん方の家を継承するという形である。 その後は、 夫婦の子供が継承する。 ここで注目すべきは婿養子は、 単なる婿ではない。 つまり女系天皇にたとえると、 単なる皇配ではなく、 先代(天皇)の継承者(皇嗣)という立場となる事である。 つまり、 女帝は誕生しないという事。 民間でも女系相続があるという主張は、 一般の財産権(相続財産)の事であり、 祭祀継承に関して言えば、 奥さんが寡婦でない限り婿養子(亭主)が継承する(葬儀の時の喪主など)。 単なる婿の場合、 通常は、 男性は自分の姓を名乗り、 自分の家の祭祀を継承(兄弟がいる場合は、 祭祀財産を継承した方が本家となり、 残りは新家・分家となる)。 夫婦が一人っ子の場合は、 共同祭祀(最終的に両方の仏壇を引き取り、 お墓の守りをする)という場合もあるし、 奥様方を絶家無縁とする事もある。 最も夫婦の戸籍では、 奥様を戸籍筆頭者とする事はできるので、 書類上の女系はあるが、 形の上では男系養子の相続という事である(知り合いにも確認した事があるが、 跡取り娘で旦那は養子で、 婚姻後奥さんの実父と養子縁組をしていた)。 民間の事例に照らし合わせるなら、 愛子様が皇配を迎えた場合、 単なる皇配なら、 その男性は、 身分は皇族になったとしても本姓を名乗らねばならない。 民間から入る皇后・宮妃とは立場が異なるからである。 女系推進派は、 イギリスの例を持ち出すが、 エリザベス2世女王の王配のエジンバラ公は、 ウィンザー姓ではなく、 マウントバッテン姓である。 従って、 チャールズ皇太子が即位すると、 王家は、 ウィンザー・マウントバッテン家と改称され、 従来のウィンザー姓は旧王族の家名となる見込み。 最も、 イギリスの場合複合姓を認めるので、 旧王族が、 新しい王家の名前に改称する事は、 改名承認されれば可能。 英国首相のチャーチルは、 正しくはスペンサー・チャーチルで、 本来はスペンサー姓でダイアナ元皇太子妃と同族だが、 数代前の先祖が、 遠い先祖のチャーチル姓を残すために許可を得てスペンサー・チャーチル姓に改称したものである(スペンサー家は、 チャーチル家の女系)。 愛子様が両者の協議で、 皇配の姓を選択されれば、 史上初、 天皇家に家名(姓)が付く事になる。 何でもかんでも民間並という事になればそういう事も起こり得るという事である。 ※ エリザベス2世女王の王配→エリザベス2世女王の夫に訂正(後述参照) 従来は、 民間から嫁いだ者が、 夫の姓(天皇家は無姓)に従い、 実家の戸籍からは除かれ、 皇統譜に加わるが、 皇配を認める場合、 そういう事から議論されなければならない。 愛子様が、 皇配の姓を選択されれば完全な王朝交替となる。 それを避けるには養子縁組だが、 現在の典範は養子を認めておらず、 この部分の改正も必要となる。 養子が認められれば、 天皇家や宮家が旧皇族から養子を迎える事を決められれば、 部分的な旧皇族の復活という事もありうる話で、 学習院大学名誉教授の篠沢先生の提案も一つの参考になる。 つまり女帝と女系天皇両方を容認実施する為には、 「有識者会議の改正案」が欠陥品というのは明らかであろう。 都合のいいことのみ民間を持ち出すなという事である。 その欠陥品を今国会で強硬に決めていたら問題続出である。 民間を例にするなら、 徹底的な整合を図らなければおかしな事になる。 又、 民間からの皇配は認めるが、 旧皇族からは認めないというのも矛盾である。論理性に欠けるものである。 これは、 皇位継承の歴史、 戦後も皇室の存続した理由も踏まえ、 法律論や、 一般慣習などを徹底的に調査解析もせずに、 十人の委員と云いながら、 実質は数人の思惑で決められた結果である。 皇位継承問題で、 女系容認というのは、 最も後の問題であり、 女帝の即位を可能にする事と、 男子皇族誕生の場合の兼ね合いについての議論が第一義で、 とりあえず紀子様の御懐妊で、 水入りとなった事は幸いである。 男系男子の相続を現在の皇族に限定した場合、 常に断絶の危機がある事は否定しない。 だから歴史に学ぶべきなのである。 その上で、 国民一般との乖離も小さくする方法があれば、 それらを検討すればよい。 数年かけて調査・分析・解析・法改正も問題も含めて総合的に検討後、 改正案を作成して国会で議論するのが望ましい。 このまま放置するのは、 政府や国会の怠慢で、 再び緊急事態が発生した時に、 拙速な議論で稚拙な答えを出したらどうなるか、 危機意識をもって望むべきであろう。 しかし、 その前に、 現在の男系断絶後あるいは、 男系女帝の候補も不在となっても、 象徴天皇制が必要かという点も国民に問うべきではないのか? 次の世代も象徴天皇制を支持すれば、 どういう形で維持するのかを問うのもいいのではないか? 廃止論が大多数なら、 国民統合の象徴とはなり得ないので、 男系女帝を最後に天皇制を廃止するというのも一つの選択肢である。 又、 多くの国民が存続を望むなら、 どういう方法があるかを問うのもいい。 最後の女帝の子供を新しい天皇家の初代とするなら、 それも国民の選択である。 ただし女系の連鎖となる「女系容認、 第一子優先」は避けるべきであろう。 その問題点は、 既に指摘済みである。 又、 複数の女宮家を創始する事になるとしても、 有識者会議の様な永久皇族制は回避すべき、 限定皇族制が望ましい。 そうしないと、 宮家が必要以上に増殖し、 公務と皇族の人数のバランスが崩れるし、 膨大な国民負担を強いる危険性がある(その事も既に指摘)。 とにかく、 「皇室典範」の改正は、 小泉首相が考えるほ単純なものではない(「週刊文春」 によれば、 「郵政よりも簡単な問題だ」と発言したとされているが、 それが事実としたら大問題。 歴史も伝統も何も理解していないという事。 だから改革という事で破壊してもかまわないという事か? だいたい、 男系でも女系容認でも、 皇室存続の不安が解消されるわけではない。 女系容認で皇配候補が見つかるのか? 仮に見つかり結婚したとして、 皇族として、 伝統文化・宮中祭祀、 その他諸々を理解し、 務めきる事が出来るのか。 かなりのプレッシャーになる。 皇族になろうという野心だけで務まるものではない)。 ともかく、 ここは、 秋篠宮家の第三子誕生を見守りつつ、 今後の事を検討する事が望ましい。 「象徴天皇制」の維持の為には、 「皇室典範の改正」は、 避けては通れない問題である事は確かなので、 伝統文化・祭祀・歴史及び皇室研究・法律・外交(対中国問題)など、 この問題に関するあらゆる専門家(茶坊主は不要)、 場合によっては、 左翼研究者も含めて検討する事が望ましい(社会民主党と共産党も象徴天皇制は、 現時点容認しているので、 中国の東アジア圏構想も踏まえて検討=皇室と靖国の問題も絡む)。 その中で21世紀・22世紀の皇室をイメージしながら、 国民統合の象徴としての天皇制を検討する時代に突入していると考える。 ただ伝統や歴史をまったく無視しては、 天皇家の因って立つ基盤が損なわれる危惧があるという事は考えねばならない。 とりあえずは、 秋までは、 紀子様を静かに見守り、 又、 雅子東宮妃の回復を見守りながら、 国民それぞれが検討する課題であろう。 ただ政府の言動や世論誘導には注意を払いつつ、 この問題は、 議論再開まで、 静かに考え、 それぞれが答えを見つけるべく努力しましょう。 これは、 軽い乗りで考えるべき問題ではないと肝に銘じ、 街頭インタビューなどで軽々に答えていた人々(中には真面目に考えて答えていた人もいるが)には猛省を求めたい。 神話の部分は除いても、 千数百年皇統を維持した家系であり、 だからキングではなくエンペラーとして日本のみならず、 多くの国で最高の親善大使として迎えられるのである。 国民としては、 生まれるお子様が男子でも女子でも、 暖かく迎え、 次代の皇族として見守る事が肝要であろう。 どちらにしても「有識者会議の答申」は、 白紙に戻して考える。 それが無理なら、 かなりの追加、 修正が必要であろう。 このリポートは、 紀子様御懐妊を受けて、 緊急に掲載したものである。 小泉首相の動向は、 退陣まで注視したい。 (2006.2.12) 先にこのリポートの中で、エリザベス女王の夫のフィリップ殿下(エジンバラ公)を王配と記したが、八幡和郎の「お世継ぎ」(平凡社、2005)により、ビクトリア女王の夫のアルバート公は皇配(王配=プリンス・コンソート=皇配殿下)であるが、エリザベスの夫は、ただの配偶者で、エジンバラ公であると確認したので、先の記述は一部訂正する。従って、イギリス王家は従来のウィンザー家を称し、マウントバッテンの家名は冠する事が出来なかった。チャールズ皇太子、或いはその王子(ウィリアム王子)が即位した時に、ようやく家名が改められる事となる(ウィンザー・マウントバッテン王朝)。 (2006.8.26) このページのトップへ移動 『今後の皇位継承問題』 秋篠宮妃紀子様は、 本年(平成18年=2006)9月6日頃にご出産予定と報じられているが、 その結果によっては、 昨年の有識者会議 の答申は、 一部見直しを迫られる事もありうる(或いは、 白紙撤回・再検討の必要も・・・・・)。 このリポートは、来月(平成18年9月)秋篠宮妃が出産予定である事を踏まえ、緊急に掲載したものである。男子か女子か、どちらが生まれるかで、皇位継承並びに女帝・女系天皇問題は大きく流れが変わる可能性がある。出来れば、有識者会議の答申の白紙撤回・再検討に期待したい。 ★ 平成18年、秋篠宮家に悠仁(ひさひと)親王が誕生された。皇太子兄弟の次の世代に男子が誕生したことで、直近の危機は回避されたが、皇室典範の改正と皇位継承問題の検討の継続は必要であろう。
秋篠宮家の第三子が男子の場合(現行の皇室典範による) 秋篠宮家の第三子が女子の場合(現行の皇室典範による) 皇位継承順位は、 三位以下が移動する(常陸宮は四位に移動)。 通常であれば、 第三位の皇位継承者が皇位を継承するのは、 30年から40年後(2040年頃プラス・マイナス)となる。 皇位継承順位は現在と同じ(常陸宮は三位)。 現行の皇室典範のままだと、 40年後には、 男系皇族(皇位継承権者)が不在となり、 皇室断絶の可能性がある。 秋篠宮が皇位を継承した時点で、 ■■親王に皇子誕生の可能性、 或いは、 早婚なら皇子が誕生している可能性あり。 皇室典範の改正については、 検討はされても、 具体的な動きにならない可能性がある(宮家の問題は議論の余地があるが・・・・)。 皇室典範改正問題、 女帝・女系天皇問題が再燃する可能性が高い(皇位継承順位の見直しも再燃)。 この場合、 秋篠宮の皇位継承権が、 昨年(平成17年)の有識者会議の結論により、 事実上剥奪される可能性がある。 時間をかけて皇室典範の改正問題が議論できる。 男系優先・女帝容認・皇親制度の導入・皇族・皇統の養子縁組。 皇室典範の改正問題は、 早急に議論する必要がある。
愛子内親王への皇位継承権付託と各宮家の女子への継承権付託並びに継承順位の検討(有識者会議の結論は見直し)。検討期間は十年ぐらい(その間に、 皇室の拡大と安定を図る)。 検討期間は、 二・三年。 女帝は容認する。 [今後、 四十年先以降も皇室を存続させるのには、 皇室典範の改正が不可欠となる] ● 基本は男系による継承。 ● 女帝の容認。 ● 皇族・皇統の養子縁組の導入(宮家の再興も念頭に)。 ● 皇親制の導入(皇族予備 群の育成)(少なくとも旧宮家の内、 明治天皇の女系の嫡流の適年齢者=皇配・宮配になりうる人[婿候補]と宮家の養子となりうる適年齢者[宮家当主より若年齢])。 * 長子優先は排除(原則は男子・男系相続)。 ● 女子の継承順位は、 男子継承者の後とする(男子優先。 現在の継承権者の立場を尊重)。 ● 皇親制度により誕生した宮家は、 限定相続(五世王まで。 六世は成人したら皇籍離脱)(女系宮家が創設された場合も同様)(財政問題も勘案し、 必要以上の皇室の拡大は防止する)。
● 皇親制度の導入により旧皇族を復活させても、 実際の皇位継承問題が発生する時期までには、 皇籍離脱のブランクを埋めることは十分に可能。 又、 ここ数年の内に皇親制度を導入して旧皇族の一部を復活させたとしても、 初代の人物が皇位を継承する確立は極めて薄い。 男系が絶えても、 女性天皇が即位するので、 実際の継承は、 復活二世代目の人物になる可能性が高い。 ● 皇室典範改正に際しては、 最初から愛子内親王を継承権第一位(現状では二位)とすべきではない(有識者会議の結論は白紙)。 皇太子の次の継承権者は、 現行の皇室典範を尊重して、 秋篠宮文仁親王とする。 皇太子妃が男子を出産した場合は、 この皇子が二位となる。 秋篠宮が皇位を継承した場合は、 同家が皇室本流となる。 皇位継承権者には、 男女・長幼を問わず、 就学年齢より皇室・日本の歴史・文化・皇室行事・憲法など帝王学を学ばせる。 ● 女帝は容認するが、 実際には、 今上天皇(平成天皇)の男子皇統断絶後の話。 女系は、 女帝の配偶者が、 皇族・皇親宮家の場合に限り、 その男子に継承権を認める。 女帝の配偶者が非皇族である場合、 その子供には継承権は付託しない。 女系宮家を創設 (限定皇族)するか、 成人後に皇籍離脱を認める(非皇族の女系天皇は認めない)。 ● 皇親となり得るのは、 明治天皇及び昭和天皇女系の旧皇族男系血脈(太平洋戦争前に臣籍降下した家系は、 旧皇族とは認めない)。 直宮家を継承する皇親宮家(制度が導入され、 宮家が復興された場合)。 * 秋篠宮家の長女が結婚適齢期となる年齢までに、 制度・枠組みを整える事が、 この問題解決の目標となろう。 今後の皇位継承問題は、 戦後大幅に縮小された皇族の一定規模の拡大という問題もはらんでいる。 更に、 日本の皇室に於ける皇位継承の歴史の確認も重要となる。 昨年(平成17年)、 有識者会議の答申により、 女帝・女系天皇問題が浮上した。 ヨーロッパの例を持ち出し女帝・女系容認を主張する人がいるが、 王家が繋がればいいと考えるヨーロッパ(特に北欧やイギリス)と、 男子血統による皇統継承を基本原則とした日本では、 その重みが全く異なる。 その歴史の大部分で直接武力を持たなかった日本の皇室は、 血の権威により、 その地位を保った。 そういう歴史が万世一系(実際には疑問があるが)という皇室史観である。 権威と権力の分離の上に存在したのが日本の皇室である。 直系がなければ、 兄弟或いは傍系相続もあり、 繋ぎには女帝も存在した。 似た事例は、 フランス王家である。 カペー王朝からオルレアン王家まで、 本流が絶えれば傍系が王位を継承した(ナポレオン時代を除く)。 正統性の確保の為には、 前王家の王女を妻に迎えたりもしている(バロアからブルボンへの継承)。 ドイツも男系にこだわっていた。 イギリス王家(ハノーバー家)はドイツのハノーバー選定侯家(後にハノーバー王家)の出身で当初同君連合であったが、 ビクトリアがイギリス女王となると女子の継承を排除、 同君連合は解消された。 ビクトリアは、 縁戚のサクス・コバーグ・ゴーター家から夫を迎え、 イギリス女王として引き続き君臨(夫は王配殿下として遇された)。 その後、 ドイツと敵対関係になると、 ドイツの家名を改め、 ウィンザー家とした。 ヨーロッパは王家に重きを於いて、 血統は原理の一つであって絶対ではない(時には宗教が優先)。 女系でも王家が繋がればという発想が、 王位継承戦争を内外で引き起こした。 ヨーロッパに於いては、 権威の象徴としてローマ教皇(法王)が存在した事も無縁ではない。 そういう異なる背景を踏まえて、 皇位継承問題は検討されなければならない。 次に考えなければならないのは、 女帝のプレッシャーと、 皇配のプレッシャーである。 オランダ王家では、 王配が一時「うつ病」になったと伝えられている。 八幡和郎氏の 「お世継ぎ(平凡社)」 によると、 ビクトリア女王の夫のアルバート公は、 「皇配殿下(正確には、 王配殿下)」である(公務にかかわる)が、 エリザベス女王の夫は、 単なる配偶者で、 エジンバラ公の爵位を持つギリシア王族の元軍人であるという。 従って、 現在のイギリス王家の家名は、 ウィンザー家のままである。 チャールズ皇太子(正式には王太子)かその息子が即位した時に、 「ウィンザー・マウントバッテン家(王朝)」と改名されるという。 エジンバラ公は、 エリザベス女王とは同様には、 国家機密にはかかわれないという事であるらしい。 女帝は、 皇子の母親・皇后と帝を兼ねる者であるが、 エリザベス女王は、 帝以外の役割をほとんど果たしていない(子育ては、 事実上ノータッチ)。 我が国で今後女帝(特に独身女帝)が誕生したらどうなるのであろうか。 妃選びも大変なのに、 女性天皇の夫選びとなれば、 更に難航しそうである。 又、 現状では皇太子の後には、 秋篠宮がおられるのに、 就学前の幼子(幼稚園児)である愛子内親王を、 皇太子に継ぐ継承権者とするのはいかがなものか? 不測の事態の時に対処できるのかという疑問点も浮上する。 もっとも皇族の一人であるから帝王学を学ばせる事は必要であろうが・・・・。 従って、 継承権を付帯するとしても、 現行男子継承者の後でよい。 女子の継承権のトップは、 天皇の長女(或いは嫡孫長女)としておけばよい。 女帝は皇后であり天皇という立場なので、 その負担はかなりなものになるであろう。 だから過去の女帝は、 独身か、 既に子をなした皇后が即位したのである。 故に、 過去に一度も女系天皇は誕生しなかったのである(系譜上は男系皇統)。 我が国に於いて、 皇位断絶の危機というのは、 大幅なアクシデントがなければ、 30年から40年先の話である(現在の状況がそのまま継続すれば)。 であるのに女帝容認どころか、 女系天皇容認(しかも、 男女を問わず長子優先とした)という答申が出て、 国会への上程寸前までに至ったのは、 事実上の秋篠宮の継承権剥奪を意図したものであり、 権力を狙う者が、 合法的に皇位を血族に与えることを可能とする事(王朝交替)を意図したものである。 又、 答申者の意図は、 政治家の意図とは裏腹に、 カリスマ性の失墜による皇室廃止(女系の連鎖が続けば、 皇室不要論も浮上する)を狙ったものである。 愛子様の将来の即位というオブラートに包まれた悪意の意図が明白である。 男女平等という外見は、 我々凡人を騙しやすいという事である。 それまで押さえられていた秋篠宮家の第三子誕生への動きが容認されたのは、 次世代の男子誕生に期待する皇室の本音であり、 女系天皇容認論への寛仁親王の御批判や、 旧皇族竹田宮末裔の竹田恒泰氏(明治天皇女系子孫)の批判となった。 有識者会議の答申(報告書)の国会上程直前に、 秋篠宮妃紀子の妊娠が明らかとなり、 この問題は一時水入りとなった。 これは偶然ではなく、 明らかに意図されたもので、 僅かな可能性(男子誕生)に期待をかけた現れである。 この時の小泉総理の狼狽の表情は、 テレビカメラにとらえられ全国ネットで配信(放送)された。 流石に事実を見極めない強硬上程・採決は憚られるので見送りとなった。 その結果によっては、 九月以降に再燃するであろう。 どのような展開になっても、 まず秋篠宮の継承権を確保の後、 即ち、 秋篠宮以降の問題として議論・検討すべきで、 ミーハー論(愛子様が可愛いから、 次の次の天皇にする)は不要である。 従って、 再検討の場合は、 有識者会議の答申は白紙にすべきである。 国事行為の問題・宮中祭祀の問題・配偶者の問題、 女帝・皇配のプレッシャーの問題なども含めての配慮・検討がなされるべきである。 (参考資料) ※ 今上天皇は、 便宜上、 平成天皇と表示した。 (04=2004)
西暦 2004 2005 2005 2006 2007 2051 御名(宮号) 生誕 年号 04.09.01 05.02 12.30 06末 2007 17 31 41 51 ※ 平成天皇 1933.12.23 S8 70 71 72 73 74 84 98 108 118 1 皇太子徳仁親王 1960.02.23 S35 44 45 45 46 47 57 71 81 91 2 秋篠宮文仁親王 1965.11.30 S40 38 39 40 41 42 52 66 76 86 3 悠仁親王(秋篠宮家) 2006.09.06 H18 ※ ※ ※ 0 1 11 25 35 45 4 常陸宮正仁親王 1935.11.28 S10 68 69 70 71 72 82 96 106 116 5 三笠宮崇仁親王 1915.12.02 T4 88 89 90 91 92 101 116 126 136 6 三笠宮寛仁親王 1946.01.05 S21 58 59 59 60 61 71 85 95 105 7 桂宮宜仁親王 1948.02.11 S23 56 57 57 58 59 69 83 93 103 8 敬宮愛子内親王 2001.12.01 H13 2 3 4 5 6 16 30 40 50 9 眞子内親王(秋篠宮家) 1991.10.23 H3 12 13 14 15 16 26 40 50 60 10 佳子内親王(秋篠宮家) 1994.12.29 H6 9 10 11 12 13 23 37 47 57 11 彬子女王(三笠宮家) 1981.12.20 S56 23 23 24 25 26 36 50 60 70 12 瑤子女王(三笠宮家) 1983.10.25 S58 21 21 22 23 23 33 48 58 68 13 承子女王(高円宮家) 1986.03.08 S61 18 18 19 20 21 31 35 55 65 14 典子女王(高円宮家) 1988.07.22 S63 16 16 17 18 19 29 43 53 63 15 絢子女王(高円宮家) 1990.09.15 H2 13 14 15 16 17 27 41 51 61 参 皇太子妃殿下(雅子) 1963.12.09 S38 40 41 42 43 44 54 68 78 88 参 秋篠宮被殿下(紀子) 1966.09.11 S41 37 38 39 40 41 51 66 76 86 16 ■■親王(東宮家) 2007.05.X H19 ※ ※ ※ ※ 0 10 24 34 44
★ 皇太子妃には、 第二子出産の可能性、 秋篠宮妃には、 第三子出産後、来年以降も第四子出産の可能性あり。 早急な改正は不要(皇室典範改正の検討は必要)。 (2006.8.28) (2006.9.6.秋篠宮家に男子誕生につき、一部修正) 悠仁親王、「皇統譜」掲載により、継承権順位訂正(2006.10.22) このページのトップへ移動 ☆ 秋篠宮家に男子誕生。どうなる今後の皇位継承問題。 平成18年(2006)9月6日午前8時27分、秋篠宮妃紀子様が男児をご出産された。41年ぶりの皇位継承権者の誕生(現行の皇室典範では、継承順位は第三位)であり、今上天皇(平成天皇)には、四人目の孫にして初の皇孫男子の誕生である。無事に成長されれば、皇太子・秋篠宮世代の次の世代の皇位継承権者となる。これで、一・二年の内に「皇室典範改正問題」を国会で決議する必要は無くなった。但し、皇位継承の安定・皇室の存続という事を考えた場合は、現状では不安定要因が排除されたわけではないので、皇親制度の導入(旧宮家の一部を復活し、皇配・宮配、廃絶宮家の継承候補者とする)、皇族・皇親の養子制度の導入、女帝の容認(女性皇族にも継承権を付託する)、男系を優先とした継承順位の整備など検討課題は少なくない。どちらにしても、先の有識者会議の、「長子相続・女系天皇の継承」については白紙に戻し、複合的な継承体制(旧皇族が配偶者の場合の女系容認=旧皇族により、男系は維持される。或いは、秋篠宮家による皇位継承)も検討する必要があろう。但し、非皇族を皇配とする女系天皇家については回避するのが望ましい。どちらにしても、男子の誕生により、数年間かけて検討する余裕をいただいた事は間違いない。先送りになれば、三十年先にこの問題が再燃した時に、女性皇族がすべて民間に嫁がれ不在となる可能性があるので、少なくとも、秋篠宮家の内親王様が結婚適齢期になる前までには、何らかの対策の構築が必要であろう。帝王学については、皇位継承権者すべてに学んでいただければ、急に継承する事態になってもある程度の対応は可能であろう。後は環境が人を育てると思う。将来、皇太子を経ずに皇位継承の可能性もあるわけだから、あらゆる事を想定しての帝王学の学習・教育は必要であろう。次期内閣がこの問題にどう対処するか注目するところである。
この問題は、新宮が正式に皇統譜に記載され、名実共に皇族の一員となられてから検討を開始すればいい。とにかく今暫くは、この慶事を立憲君主制国家「日本」の国民の一人として、静かに見守るべきであろう。具体的なことは、次期内閣が発足してから検討すればいい。先送りは、将来皇位継承の危機を招く危険性があるのだから・・・。 (2006.9.6)
祝.秋篠宮家第三子(皇孫男子)ご誕生(2006.9.6.AM.8:27) 皇室にとっては、41年ぶりの男子誕生(秋篠宮文仁親王誕生以来)。現在の皇室典範による皇位継承権第三位の皇族であり、皇位継承がない場合(昨年の有識者会議の報告が、正式に国会で決議されると、皇太子の後は愛子内親王が継承者となられる)も、秋篠宮家第二代継承予定者となられる。皇位継承の安定の為には、皇室典範の改正は必要であるが、昨年のような拙速な議論ではなく、時間を掛けた慎重な議論や予想される問題点の解析検討が可能となる。女帝容認と女系天皇の問題も充分検討できる時間が確保される事になる。但し先送りは避けなければならない。「ポスト小泉内閣」の重要課題である事には変わりはない。 (2006.9.6.緊急掲載) ☆命名の儀(正式に皇族の仲間入り) 悠仁(ひさひと)親王 (2006.9.12)(トップページより移動) 9月12日命名の儀。新宮は、悠仁(ひさひと)親王。官報へは14日にも掲載。来週には「皇統譜」に登録記載の予定(名実共に皇族となられ、秋篠宮家二代目継承権者にして、皇位継承権第三位となられる)。今後の問題としては、悠仁親王を秋篠宮家後継者として養育するか、将来の天皇候補として養育するか、環境・予算その他諸々の課題を残している。 (2006.9.12) 9月21日、宮内庁長官羽毛田信吾長官と折笠竹千代宮内庁書陵部長により、悠仁親王は、皇統譜に登録され、名実共に皇族となられ、現時点に於いて、皇位継承権第三位の皇族となられました。今後は、秋篠宮家二代目継承権者としての教育を受けられるか、将来の天皇候補として帝王学を学ばれるのか、政府・宮内庁・皇室の対応が注目されるところである。 来週には、小泉後継内閣として、安倍内閣(内閣総理大臣安倍晋三)が成立する予定だが、この内閣が、小泉内閣時代の「有識者会議の報告書」をどう扱うかも注目される。一部政治家の間では、「皇位継承問題」を棚上げとする声もあるが、時間の余裕が出来たからこそ、冷静に、慎重に、将来の皇位継承の安定を図るための議論が必要であろう。今後も国民が皇室の存続を望むのであれば、「皇室典範の改正」は必要である。皇族・旧皇族間の養子縁組の問題とか、宮家から天皇家(東宮家も含む)への養子縁組とか、廃絶宮家の継承者への皇位継承権の付託とか、色々検討する課題は山積している。 (2006.9.22) このページのトップへ移動 皇位継承問題先送り 秋篠宮家に悠仁親王が御誕生になられてから、皇位継承問題は先送りの感があり、先の小泉内閣時代の答申も含めての再検討も、何もなされていないように思われる。これでいいのであろうか? 最初から答えありき(女系容認・長子相続)の有識者会議の報告書(案)は、事実上凍結、今後は、白紙撤回か修正が必要。今後は、歴史や伝統文化に立脚しつつ、未来を見据えた議論を望みたい。天皇家・皇室が多くの国民に崇拝・畏敬の念を持たれるのは、歴史・伝統・文化によって形成された権威があってのもの。故に、国家・国民の象徴と位置付けられるのである。同時に、権威に裏打ちされない皇室なら、未来の日本に不要の存在ともなり得る。日本の皇室は権力・武力によって存在したのでないという歴史的事実を承知しておくべき。日本の皇室は、そういう意味において、世界の帝室・王室とは異なる特異な存在である。 政治家は真面目に議論する気があるのか?早々に噴出「先送り論」 皇子が誕生すると、早々に先送り論が噴出した。皇子一人の御誕生で皇位継承問題が解決したわけではないのに何たる事やら。「皇位継承問題・皇室典範改正問題」は、軽い問題ではないのにも関わらず、である。それともそれは表面で、国民の知らないところで内々に処理しようとしているのか。もしそうなら、皇室と国民を愚弄するものであろう。先の有識者会議の代表が、皇族を軽んじたことは忘れてはならない。この問題は、国民も参加するオープンな議論も必要であろう。 本来なら国民の象徴たる天皇と皇位の継承を、歴史と伝統・文化に立脚する形で再構築して安定的なものにする事が優先するのに、戦争時代を含む近代史を曖昧にし、愛国心のみを強調して、本当に国際社会に通用する日本が構築できるのか。我が国は、未だに東アジアの国からは一定の警戒や不審の目でみられている事にも配慮が必要であろう。 安倍内閣は、「美しい国」建設の名の下に憲法改正を狙うが、皇位継承問題、拉致問題、いじめ問題などは、どれだけ積極的に取り組むのか。教育基本本の改正と防衛庁の防衛省への昇格問題は、素早く積極的に取り組んだ。一部の大企業の業績好転のみで、景気回復とか、長期好景気というが、中小企業・零細企業のサラリーマンや、色々な事情でドロップアウトした人間には、何の実感もない。本当に、安倍内閣の政策で、日本は美しい国になるのか。岸信介亡霊内閣は、水面下で何を狙うか?国民は、この内閣に充分警戒の目を向ける必要がある。憲法改正問題は、九條の問題だけではなく、序文や皇位の問題も重要課題である事を考慮すべきであり、パフォーマンスに振り回されてはならない。 今後の歴代内閣に対しては、皇位継承問題をどう扱うか注意を払う必要がある。 (2007.4.19) このページのトップへ移動 悠仁親王生誕一年・皇位のゆくえ 平成19年9月6日、悠仁(ひさひと)親王生誕一周年を迎えた。この一年間は、安倍内閣の許で公式に皇位継承問題や皇室のあり方について議論されたことはない。小泉内閣の時には、女帝と女系天皇問題で週刊誌、新聞、ネットが賑わったが、現在は、いたって静か。本来なら、女帝問題も含めじっくり検討できるはずなのに、安倍総理も含め政治家はこの問題を先送りしている。憲法改正を考えるなら、皇室と皇位継承問題は避けて通れないはず。安倍総理が内務官僚として暗躍した祖父を追慕するのであれば、皇室は現在の象徴天皇制ではなく、戦前の国家元首としての天皇制をもにらんでいるのか?それなら尚更皇位継承問題は解決すべき問題である。現在の皇室典範に従えば、東宮・秋篠宮・悠仁親王が実質的な継承権者となるが、悠仁親王世代以下に男子が誕生しなければ、皇室は自然消滅となる。戦前の旧宮家のようなサブ皇統の創設も検討課題である。これは、現在の未婚の皇族女子が皇籍離脱する前に解決しておく課題である。国民の目の届かないところで検討しているかもしれないが、それでは、小泉内閣の有識者会議と同様、少数の意見で誘導される危険がある。この問題は、国民に情報開示しながら議論されるべき問題だと思う。元学習院大学の篠沢教授が提唱する皇親制度も検討すべき問題だと考える。もうすぐ沈没するであろう安倍内閣では、じっくり検討する時間は無いかも知れないが、次期内閣では検討課題として欲しいし、国会でも検討委員会を設置し、余裕を持った議論をして欲しいものである。又、悠仁親王を皇位継承権者とするなら、帝王学をどうするかも課題となろう。今後の皇位のゆくえは・・・・。イギリス王室の廃止が先か、日本の皇室の消滅が先か気になるところだが・・・。
21世紀後半に皇室は存続出来るのか?(22世紀まで存続できるのか?)(2007.9.6) このページのトップへ移動 置き去りにされた皇位継承問題 小泉内閣が、秋篠宮妃のご懐妊により皇室典範の改正を見送って以後、皇位継承及び皇室典範の改正は先送りになった感がある。隠密裏に検討されているかも知れないが、そういうことは表面化せず(実際、現時点では何も検討されていないかも知れないが・・・)、安倍内閣、福田内閣では、この問題は置き去りにされている様である。元学習院大学教授の篠沢氏が提唱する皇親(准皇族、暫定皇族)制度について、新聞、週刊誌、ネット情報を見る限り、検討された痕跡はない。愛子内親王及び悠仁親王に対する帝王学をどうするかという問題についても、具体的なことは検討されたか否かも伝わってこない。一皇族と天皇では求められるものも同じではない。国民統合の象徴として最高の品格を求められるのである。愛子内親王は小学校(学習院初等科)に入学された。帝王学を学ばせるなら早期に着手すべき時期に来ている。悠仁親王を未来の天皇とするなら、東宮の猶子格として、愛子内親王と共に帝王学教育を開始すべきである。天皇家・東宮家と内廷外皇族では、予算配分も・スタッフの人数も異なる。悠仁親王を一皇族として養育するか、未来の天皇候補として養育するかは大きな違いがある。秋篠宮家二代目なら、秋篠宮家の家風に従って、その方針で養育されればいいが、天皇となると+アルファーを求められる。皇太子は、かなり厳格に育てられている。秋篠宮も皇族として厳格に育てられてはいるが、皇太子ほどではない。従って兄宮に比べラフな側面もお持ちであるので、その環境で悠仁親王に東宮並の教育・しつけ・帝王学を学ばせるのは難しいのではなかろうか。将来、愛子内親王が天皇になるか、悠仁親王が天皇になるかは別にして(それは今後、数年かけて議論する問題)、お二人共に帝王学を学ばせておくべきである(将来、愛子内親王が即位し、悠仁親王が皇配殿下になる可能性も選択肢の一つと考えてもいい。勿論当人の意志が尊重されるが・・・・)。併せて、どういう状況でも、皇室存続の為の皇室典範改正は避けられない。現在の皇室典範を厳格に適用したら、男系断絶で皇室は消滅する。伝統・文化を保持しつつ、女系天皇家(異姓皇室の誕生・王朝交代)創設を回避するには、皇親制度の導入(旧宮家の准皇族化、対象は、明治天皇と昭和天皇女系の旧皇族の独身者)、皇族内の養子制度の導入、限定皇族制度の導入(永久皇族制度は天皇の直系のみ)、女性天皇の即位も緊急回避のために可能にするという改正は必要であろう。
(2008.6.3)
皇親制度導入 旧宮家から候補選定(独身者) 明治・昭和天皇女系に限定 近代天皇家の血脈の範囲 養子制度の導入 宮家の養子・三宮家継承 皇配候補(女帝の場合) 皇親皇族は限定皇族制 傍系限定皇族制 女王には継承権は付託せず 天皇から6世代は皇籍離脱 女王は婚姻により離脱 皇位継承権 親王及び内親王(順位は別記) 皇親親王は二世から付託 皇親親王一世は付託せず 皇位継承権 男系男子及び皇族子孫 男系女子(内親王) 異姓(女系)は認めず 皇位継承権 第一位は東宮殿下 二位以下は継承権順位の順 親王・内親王・王 ★ 皇太子は、天皇の皇子であるので、皇太弟も想定し、第一位継承者は東宮(日継皇子)とする。 現在の東宮の後の継承者を誰にするかは緊急課題。候補者は、愛子内親王、秋篠宮文仁親王、悠仁親王。現在の皇室典範では、愛子内親王には継承権はないが、今後認めるか否かが、皇室典範改正と皇位継承問題の鍵になる。又、一定の世襲親王家の確保の為には、皇親制度と養子制度の導入は必要。 内親王の継承権確保に関する問題は、秋篠宮家長女の眞子内親王が結婚適齢期に到達するまでに解決すべき問題。三笠宮系統の各女王は、皇女の清子内親王が、黒田清子になられたことから鑑みて、将来は婚姻による皇籍離脱が望ましい。現実に皇位継承の可能性があるのは内親王まで(暫定期間の間に、皇親皇族二世に継承権が付託される可能性もあるから、女王が即位することは、限りなくゼロに等しい)。(敬称は省略した) 東宮徳仁親王 秋篠宮or愛子内親王(改正後) 秋篠宮即位の場合は悠仁親王。愛子様の場合は流動的 皇位継承順位 今後の皇位継承問題参照(関係系図参照) 女帝容認で変動する。 皇位継承の順位は、現行の皇室典範に従う場合は、一位が皇太子(東宮徳仁親王)(48)、二位が秋篠宮文仁親王(42)、三位が(秋篠宮家)悠仁親王(1)、四位が常陸宮正仁親王(72)、五位が三笠宮崇仁親王(92)、六位が(三笠宮家)寛仁親王(62)、七位が桂宮宜仁親王(60)。有識者会議が提出した報告書に基づく改正典範案による皇位継承順位は、皇太子、愛子内親王、秋篠宮、眞子内親王、佳子内親王、悠仁親王、常陸宮、三笠宮、寛仁親王となる(女子にも継承権を認め、第一子から順番)。(2008.6.14号「週刊現代」)
現実問題として、常陸宮以下の皇位継承権者が皇位を継承することは、特別な事態が発生しない限り、現実にはあり得ない(旧ネパール王家の様に、傍系以外の正統王族が全員ほぼ同時に死亡した場合。ただし、現在の平和国家日本では、そういう状況は、ほぼあり得ない)。従って、現実に皇位継承の対象となられるのは、天皇の孫である愛子内親王、秋篠宮家の眞子内親王・佳子内親王・悠仁親王と、今後誕生の可能性のある東宮家と秋篠宮家の皇子・皇女までであ