皇位継承(パート5)
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女系天皇家創設を狙った政治家・官僚に一撃 悠仁親王満一歳 謀略女帝・女系天皇容認
謀略女系天皇
   女帝・女系天皇容認論は、最初から答えが用意されていた。何故寛仁親王の御発言を無視したり、政府・宮内庁・朝日新聞などが押さえようとしたか? 産経新聞・週刊文春などの取材でその背景が明らかになる。数年前から流れていたネット情報もすべてが「ガセネタ」では無かった可能性も・・・。
 
ネット情報の内容は、大室天皇情報を追跡している人なら、一度は目にした事があると思うので、ここでは省略するが、当時の大物政治家の名前が登場していた。すべてを信用するわけではないが、一連の動きを遡ると、この謀略の端緒が、時期的に不思議にも重なってくる。現在も関連サイトがあるかは関知しないが、興味がある方は、検索されたい。或いは、故鹿島f氏周辺や、彼の熱烈なファンが発信したかもしれないが、ひょんな事から南朝伝説にも絡んできた。その大部分には信憑性に問題があるが、我々の知らない闇の歴史があったのかも知れない。(この部分については、追跡する手段がないので、そういう情報がネットで飛び交っていた事のみの報告とする。)
 
 
『謀略女系天皇』(仕組まれた女系天皇容認と結末)
 
   神話の時代はともかく、 歴史時代から1500年ほどの歴史を誇る天皇家一族は、 単系王朝(王朝交替のない王家)としては、 世界最古の王朝と言われている。 系譜文献を見ても、 系譜の上では、 王朝交替は確認されない男系皇統系譜となっている。 従って我が国の歴史に於いては、 女帝(女性天皇)は存在しても、 異系を父とする女系天皇は存在していない。 その史上一度も登場したことのない女系天皇及び女系天皇家の創始を可能にしようとの謀略にお墨付きを与えようとしたのが、 「有識者会議」の答申である。 小泉首相は強行的に法改正まで持ち込むことを意図したが、 秋篠宮妃紀子様の懐妊(第三子)が明らかになり、 通常国会への上程は事実上中止となった(3月7日頃までに閣議決定して3月12日頃までに国会に上程すれば、 通常国会終了までに決議する事は可能らしいが・・・)が、 この問題が完全に見送りとなったわけではないし、 誕生する第三子が女子ならば、 次の内閣で議論は再燃しよう(9月で退任を表明している総理が、前言撤回で自民党総裁の任期を延長すれば、 総理としての任期も延長されるだろうが・・・・・)。
 
   過去の歴史に於いては、 いかなる権力者も天皇になれなかった。 藤原氏がいかに権力を握ろうと、 天皇の外孫であっても、 藤原氏である以上天皇にはなれなかった。 何故か、 不文律として、 皇位は天皇家一族の血脈の内、 大宝令に定められた皇族の範囲の中にあるものに限られていたからである。 臣籍降下からの復帰の例があるが、 大宝令の範囲内でも、 皇室の財政事情などで臣籍降下した為の特例措置で、 その範囲を越えて臣籍降下していたら、 皇籍復帰・即位は難しかったであろう。 そういう例外はあるが、 非皇族が天皇になった例がないという事が、 我が国の特異性でもある。 ヨーロッパとは異なり、 権威と権力の分離という事も見逃してはならない。 天皇家が権力も持った絶対王制(皇制・帝制)なら、 とうの昔に天皇家は消滅していたかもしれない。 藤原天皇家や平天皇家、 或いは源天皇家が出現していたかもしれない。 藤原氏は女系でも天皇家と繋がる。 従って女系天皇家・藤原家という主張も可能になるわけである。
   ヨーロッパでは王朝交替が続くが、 イギリス王家を見ると分かるが女系王家という形をとっている。 フランスの場合は王朝交替といっても、 ナポレオンのボナパルト家を除けば、 カペー王家以降は、 本家が絶えれば、 分家(親王公家、 つまり日本で言うところの宮家)が継承する。 本家と分家の間にも姻戚関係(女系)があるので、 王朝交替といっても、 家名の変更で、 後は宗教対立や貴族の利権などの問題での対立が生じる程度(ユグノー戦争など)。 神聖ローマ帝国皇帝は、 選挙制度の形式に、 世襲制が加わったもので、 一度帝位を離れたハプスブルク家が復活してからは、 皇位を独占する。 同家に男子継承者がいなくなった時に、 ヴッテルスバハ家が皇位を要求短期間皇帝となるが、 マリア・テレジアと夫が、 共同皇帝となると、 帝位はハプスブルク・ロートリンゲン家(姻族・女系)に帰し、 神聖ローマ帝国が有名無実となると、 オーストリア皇帝家となり第一次大戦後帝位を失う。 ドイツ地方の王・公家は、 プロシア王国を中核としてドイツ帝国を形成(プロシアに吸収統合される)する。 プロシア王家は、 ブランデンブルグ選帝侯家の流れを組むホーエンツォルレルン家の男系が王位(後にドイツ帝位)を継承した。 我が国が明治以降、 完全男系男子継承となったのは、 プロシアの王位継承の影響が大きい。 ヨーロッパに於いては、 サリカ法の影響の強い地域では、 男系男子が、 影響の薄い地域では、 王家断絶の危機には女系が継承した。 又、 一部では、選挙王政(帝政)による継承もあった。
   アジアでは、 武力による王朝交替(放伐)が目立つ。 実際は放伐だが形式的に禅譲の形をとった王朝交替も数例ある。 そのなかにあって、 日本の王位継承(皇位継承)は、 特異的なものであると言えるかもしれない。 権威と権力の分離こそが、 系譜上の万世一系を継続させたのかもしれない。 何度かの歴代見直しの後、 先代の昭和天皇は124代、 今上天皇(現時点で平成天皇とお呼びするのは正しくない)で125代となる天皇家は、 太平洋戦争敗戦後の皇室廃止の危機を回避して現在まで存続する。 今上天皇には二人の皇子があり、 数年の内に皇室が断絶することは、 ほとんど考えられないが、 ここ数年水面下では、 正統な皇位継承者の継承権を事実上排斥して、 継承権を持たない皇族に継承権を付託し、 次の次の継承権者(即ち、 現在の皇太子の後の第一継承権者)に擁立しようとする動きがある(「皇位継承・女帝と女系」参照)。 即ち、 秋篠宮を排斥して、 愛子内親王とその子供に皇位を継承させようとする動きである。 元々は、 何年か前に密かに検討され、 愛子内親王誕生後は、 具体的に視野に入れて検討されたという。 事実か否か確認する術は、 私は持たないが、 ここ数年の、 関係図書や雑誌などの記事からは、 そんな動きが、 かいま見えてくる。
 
年次 政府・与党の動き 記録 出典
平成3(1991)   10月11日、 読売新聞の「気流」欄に、 「男女を問わず皇統は長子に」という投書が掲載。 「皇位継承」 (高橋絋、所功、 文春新書)
平成6(1994) 宮内庁、 皇位継承に関する部内検討用の「資料」を作成(女系容認と旧宮家復帰提示) (宮内庁未公認) (「読売新聞」) 「皇位継承」 P.14
平成7(1995)   1月15日の読売新聞、 宮内庁が旧宮家復活を研究しているという記事を掲載。 「皇位継承」 P.14
平成7(1995)   秩父宮家絶家(無嗣断絶)。 「皇位継承」
平成7(1995)    平成8年1月号『This is 読売」 で詳細を紹介(男系男子、 女帝容認、 女系容認)。 「皇位継承」P.207
平成9(1997) 4月から水面下の研究会が検討を開始。将来の皇位継承制度の改正に向けた検討課題などを協議。 非公式検討会のメンバーに は、 後に有識者会議の委員となる古川貞二郎氏も参加している(内閣官房副長官)。    2006.2.17. YAHOO!NEWS。
(産経新聞.発信)
平成15(2003) 12月、 湯浅宮内庁長官が、 秋篠宮夫妻に対し、 「皇室の繁栄を考えると3人目を強く期待したい」と発言、 物議を醸す。    2006.3.3.週間ポスト(緊急寄稿より)
2006.4.文芸春秋P.115
平成16(2004) 5月、 内閣官房と内閣法制局、 宮内庁などで構成する政府の非公式検討会が開催される(後にサンケイ新聞がスクープ)。 有識者会議の立ち上げや、 皇室典範改正(女系容認)の筋書きなどが作られる。      
平成16(2004) 内閣官房副長官の古川氏を軸に、 小泉首相、 羽毛田信吾(元厚生事務次官、 後に宮内庁長官となる)、 内閣官房の柴田雅人準備室長(元厚生省課長)など厚生族による「反天皇制プロジェクト」始動。   2006.4.「諸君」4月号
平成16(2004) 11月17日、 小泉首相が女性天皇について「大方の国民もいいと思っている」と、 容認姿勢を示す。   2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 1月25日、 首相の私的諮問会議「皇室典範に関する有識者会議」が初会合。
(メンバーは秘密会議で選定される)
(女帝・女系天皇容認は、 既製方針)
鎌倉節元宮内庁長官や、 湯浅利夫宮内庁長官は、 女系容認筋書きの邪魔になるので、 有識者会議のメンバーには招集されず。 2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 4月1日湯浅利夫宮内庁長官退任。 後任は羽毛田信吾氏(小泉首相が厚生大臣の時の幹部官僚、 後に厚生事務次官)     
平成17(2005) 4月15日、 衆院憲法調査会が「女性天皇容認」を多数意見とする最終報告書を議決。    2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 7月26日、 有識者会議論点整理を公表。 皇位継承資格で現行の男系男子維持と女性・女系天皇容認を併記。   2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 8月31日の有識者会議で、 併記から男系維持が削られ、 女系容認に一本化。    
平成17(2005) 皇位継承に関する研究者の意見。
長子優先(分かりやすさ第一)(高橋 絋)

男系維持(旧宮家復帰が最善)(八木秀次)
男子優先は、 継承順位の確定が遅れる。 旧宮家の復帰は、 六百年前に分かれた遠縁。
女性天皇は過去にもあるが、 「女系容認」は、 「天皇制の終わりの始まり」(愛子天皇は容認)皇統は傍系に流れている。 もっと広い概念でとらえるべきだ。 会議の議論は拙速。
2005.10.16.中日新聞
平成17(2005) 10月25日、 有識者会議が女性・女系天皇容認で一致。 首相は06年の通常国会皇室典範改正案を提出する考えを表明。    2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 10月25日、 「皇室典範に関する有識者会議」女性・女系天皇容認を決議。    2005.10.26.中日新聞
平成17(2005) 10月25日、 「皇室典範に関する有識者会議」首相官邸で開いた会合で「女性・女系天皇容認」を全会一致で決定。 細部については最終報告に盛り込むことにしている。 反対派の動きも活発化。 2005.10.26.中日新聞
平成17(2005)   三笠宮様の私見が明らかとなる。 2005.11.25.中日新聞
平成17(2005)   9月末、 三笠宮寛仁さま コラムで私見。 「女系天皇容認に疑問」 2005.11.4.中日新聞
2005.11.3.読売新聞
平成17(2005)   11月15日、 紀宮さまと黒田慶樹さんの結婚式 2005.11.25.中日新聞
平成17(2005)   11月16日、 超党派の日本会議国会議員懇談会の平沼赳夫会長が、 女系天皇容認に慎重な対応を求める決議文を提出。 2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 11月21日、 有識者会議が皇位継承の順位の「長子優先」を採用することで一致。   2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 11月21日、 「皇室典範に関する有識者会議」は、 第十六回会議を開き、 女系天皇を認めた場合、 「長子優先」、 女子にも宮家の継承・ 創設を認める事で一致。 同日夜、 小泉首相は、 来年一月招集の通常国会に提出する考えを表明した。   2005.11.22.中日新聞
平成17(2005) 11月24日、 有識者会議が首相に最終報告書提出。   2005.11.25.中日新聞
平成17(2005) 11月下旬、 この頃、 陛下は極秘に紀子妃の第三子懐妊(子作り)を承認。 (皇室の本心は、 男子男系の維持) 2006.3.4.週刊現代
平成17(2005)   11月25日、 新聞各社 「皇室典範に関する有識者会議報告書要旨」を掲載。 2005.11.25.中日新聞
平成17(2005)   「女帝容認」なら「ホリエモン」の子供も天皇になれる?(政治評論家屋山太郎氏談) 2005.12.1.週刊新潮
平成17(2005) 12月1日、 愛子内親王、 四歳の誕生日。    
平成17(2005) 12月3日、 政府は、 女性天皇の配偶者として、 新たに皇族となる男性の正式な「名称」の具体的検討に着手した。   2005.12.3.YAHOO!NEWS
(共同通信.発信)
平成17(2005)   旧皇族竹田恒泰氏が、 「反女系天皇の覚悟」を語った(これは万世一系への冒涜)。 2005.12.2.週刊ポスト
平成17(2005)    12月、 旧竹田宮家末裔竹田恒泰氏、 「語られなかった[皇族たちの真実]」を小学館より刊行する。 2005.12.中旬発売
(予告は、 12月12日)
平成18(2006) 1月19日夜、 小泉首相、 「皇室典範改正法案」の会期内成立を明言。 党議拘束主張。   2006.1.20.中日新聞
平成18(2006) 施政方針演説で、 「皇室典範改正案」の今国会提出を明言。   2006.1.21.中日新聞
平成18(2006) 自民党 甘利 明議員、 改正案上程に賛成。
(ほかによい選択肢がない)
自民党 下村博議員、 改正案上程に反対。
(国の精神的解体になる)(今決める必然性があるのか)
   2006.1.22.中日新聞
平成18(2006) 自民党 久間章生総務会長、 「通常国会でやるほど緊急性はない」と発言。 片山虎之助参議院幹事長は、 「世間は、 女性天皇と女系天皇(の違いが)よく分からない」と慎重論を述べる。 同日(26日)夜、 小泉首相は、 有識者会議のメンバーと公邸で会食、 今国会での成立を明言。 「日本会議国会議員懇談会(平沼赳夫会長)」、皇室典範改正法案提出に反対する決議採択する(26日)。 * 同懇談会には、 多くの自民党議員も参加している。 2006.1.27.中日新聞
平成18(2006) 2月7日、 宮内庁長官羽毛田信吾氏、 紀子妃懐妊を掌握せず。 報道で知る。 官邸からの問い合わせにも答えられず。 慌てて、 御所への参内(天皇陛下への面会)を申し込むが、 その時点で既に天皇は懐妊について承知していた(天皇一家内部で極秘にすすめられており、 承知されておられた)。
(2006.3.4 「週刊現代」 P.41)
2月7日、 秋篠宮妃紀子様、 第3子ご懐妊。 「皇室典範改正」高まる見送り論。 強行すれば政局発展? (有力議員からも慎重論)
(中日新聞による)
2006.2.8.中日新聞




2006.3.4.週刊現代
平成18(2006)   与党の99%が「皇室典範改正案」提出に反対。 2006.2.9.中日新聞
平成18(2006) 2月9日、 小泉首相、 安倍晋三官房長官らと対応を協議、 今国会提出が困難との認識で一致。   2006.2.17.YAHOO!NEWS
平成18(2006) 2月10日、 小泉首相と内閣は、 「皇室典範改正案」の今国会提出を見送る事を決定。    
平成18(2006)    2月16日、 サンケイ新聞が、 女性・女系天皇「容認」 2年前に方針確認の極秘文書が存在したことをスクープ。 (2/17付 文書掲載)
* 「女系天皇容認極秘文書」
「諸君」2006.4月号
p.48の追記参照。
 
  我々一般の国民にとっては、 女系天皇容認が仕掛けられた謀略とは知る由もない。 見事な世論誘導により、 アンケートなどによると多くの国民が、 女帝と女系天皇容認であるという。 しかし、 この結果は本当に正しいのか。 質問の方式が、 そういう答えになる事も狙って仕掛けられた可能性がある。 女帝と女系は本来別の問題。 女帝は過去の歴史にも存在した。 なぜ抱き合わせにしたのか。 狙いは明確。 男系男子の相続の限界を明らかにして、 女系皇室を創設する前提としての女帝容認である。 その裏では政府・宮内庁の反皇室派による謀略が進行していたということである。 男系男子維持の伝統派と女系容認派が政府・宮内庁内部に並立した。 有識者会議が組織された時には、 元宮内庁長官の鎌倉節氏や、 その後任の湯浅氏はメンバーには招集されず、 女系に反対しないメンバーが集められた。 湯浅氏の後任の宮内庁長官には、 小泉首相が厚相時代の部下であった羽毛田氏が就任した。 今回の秋篠宮妃の紀子様の懐妊は、 結果(男子か女子か)はともかく、 懐妊は、 小泉内閣では皇室典範改正は阻止したいという皇室とその支援グループの強烈なしっぺ返しともとれる。 実際に第3子誕生時点では、 次の内閣が誕生しているはずなので、 小泉内閣での改正だけは阻止できるという事である。 今回の問題は、 あまりに拙速に筋書きを作って、 法制化しようとした事が問題で、 閣僚の中にも、 麻生外相(前総務大臣)の様な慎重派(麻生氏は三笠宮寛仁親王とは義兄弟なので当然といえば当然)もいるわけで、 実際には上程の閣議決定でも全会一致とならない可能性が強かったが・・・・。 今回の懐妊騒動で、 反皇室派(女系容認派)は、 一時動きを止められたという格好である。 水面下で彼らがどういう動きをするか、我々庶民は、静かに見守るしかない。皇子が誕生しなければ、再び「女系容認論」が浮上する事は充分に考えられる事である。次の内閣では、有識者会議の報告は白紙に戻して、充分な再審議をして欲しいものである。少なくとも、現在の皇位継承者の継承権を事実上剥奪することがあってはならない。拙速に結論を出して誤った選択をすれば、それを期待する者の思惑通りとなると知るべきである。どちらにしても、その顛末は、秋には明らかになろう。
(2006.5.6)
 
 女系天皇家設立を狙った政治家・官僚には痛恨の一撃?
 
   平成18年9月6日、ついに皇室に41年ぶりに男子が誕生した。秋篠宮妃紀子様が男子をご出産(秋篠宮家第三子)。これは、秋篠宮家に後継者が誕生したという事のみならず、皇室の新しい世代に皇位継承権者(継承権第三位)が誕生したということである。特別のアクシデントが無ければ、40年ぐらい先までの皇位継承権者が確保されたということである。これで、愛子内親王を無理矢理に天皇にする必要は無くなった。最も、皇位継承問題が親王の誕生で回避されたわけではないので、女性皇族への皇位継承権の付託を含む皇室典範の改正は必要である。しかし、女系天皇については、答えを急ぐ必要はない。先の皇室典範改正の報告書は、旧皇族の復活を阻止し、民間人(非皇族)を皇配として、女系天皇家を創設する意図があった事は間違いない。しかし、これは矛盾した論理である。旧皇族を皇配や宮配に迎えれば、男系は断絶せず、皇統血脈は、遺伝子・染色体の関係からも維持される。それを拒むというのは、いずれ皇室のカリスマ性を失わしめ、天皇制を廃止するか、或いは、皇室を乗っ取りたい政治家や野心家に道を開くものである。藤原氏でさえ、皇統(天皇家)は乗っ取れなかったのに、合法的に可能としようとするものである。幸い、今回の男子(親王)誕生により、この男子を無視して、女子を皇太子の継承権者とするのは厳しくなった。男系男子は現行の皇室典範、国民世論は、男系女子までは容認のムードである。従って、この二本柱を考慮した「複合的な皇位継承の体制」が必要であろう。旧宮家との婚姻も認め、養子(皇族・旧皇族間の)を認める改正が、安定的な皇位継承に繋がると考える。今回の男子誕生で検討するのに十分な時間が与えられたので、一年で決めるのではなく、数年は検討して皇室典範の改正を実現するのが望ましい。まずは、当事者である天皇家・皇族の意向を伺うのが重要ではなかろうか。どちらにしても小泉内閣で、有識者会議の案を緊急上程して、強行採決をする雰囲気ではなく、事実上、小泉内閣での皇室典範の改正が回避された事に安堵している。
(2006.9.6)
 
2月に懐妊について把握出来なかった(報告がなかった)羽毛田信吾宮内庁長官(小泉首相が厚生大臣当時の幹部官僚)の逆襲?
 
   女系推進派(当人はそんなことは認めないだろうが・・・)の羽毛田宮内庁長官は、12日の会見で、悠仁親王殿下の誕生に関して「安定的な皇位継承の課題がなくなったとは思わない」と継承制度について今後も検討が必要との認識を示した。又、親王殿下誕生前に、杉浦正健法相が「男子を期待します」と記者会見で語ったことに抗議したことを明らかにした。確かに杉浦法相の発言は、本音であっても会見で語るべき事ではない。それより問題なのは、「安定的な皇位継承の課題がなくなったとは思わない」という発言が問題である。そういう認識は、プロ・アマ問わず、歴史とりわけ皇室について研究、或いは追跡するものなら、当然にそう思うが、今この時期にする発言ではなかろう。以前、湯浅長官が秋篠宮家に第三子をと述べて物議を醸したが、湯浅氏は、男系断絶の危機という意識から、現在の「伝統ある皇室」の存続を願っての発言であり、近くで皇室に仕えた責任ある立場の人の、皇室愛による発言と理解できる。だから昨年、三笠宮寛仁親王などの批判を排除して、男系・女系の併記から、女帝・女系天皇容認で尚かつ男女問わず長子優先と有識者会議が結論付け、報告書を提出した事を受けて、東宮家に配慮して、第三子を遠慮しておられた秋篠宮家に対し、内々の承認がでて、第三子懐妊・出産に至ったのであろう。紀子様のご懐妊が、羽毛田長官より早くマスコミにリークされたかを考えると、内閣に対するカウンターパンチとして、皇室に近い筋がリークしたと推察される(紀子様の御出産は、流れを見ると、失礼ながら「計画出産」とも推察される)。結局、女帝及び女系天皇家創設を抱き合わせにした女系推進派の野望は、一旦棚上げとなった。実際に親王誕生を受けて、政治家の間に先送り論が出てきた事からの危機意識という事であろう。だが、この問題は、既に小泉内閣の仕事ではなく、次の内閣以降の課題である。男系のみでも女系天皇家創設でも問題がある。旧皇族も絡ませた複合的な体制作り、養子や限定皇族制度の検討も必要になるであろう。今、慶事を多くの国民が祝福している時期に、水を差す発言であり、二月の時に恥をかいた意趣返しとも受け取れる。小泉総理の退陣と共に、辞職すべきではないか。又、受け取りようによっては、悠仁親王だけでは、先行き不安で、東宮家も皇子を儲けよとも受け取れる。これ以上、雅子東宮妃殿下にプレッシャーをかけようというのか。愛子様を女帝にというのは、東宮家とりわけ妃殿下にプレッシャーをかける。この問題は、少し落ち着いてから、課題として冷静・慎重に考えるべき問題で、新親王誕生から間もない時に、責任ある立場の人間が述べる事ではない。
(2006.9.13)
 
小泉内閣が退陣し、安倍内閣になって、秋篠宮家に悠仁親王が誕生してから、女系天皇問題も含めた皇位継承問題は、議論も沙汰止みになったのか、水面下へ潜ったのか、国民の前から姿を消した。安部内閣は、皇位継承問題より、防衛庁の防衛省への昇格問題を優先し、その後の国会でも、憲法改正の前提となる国民投票法案の成立に全力を傾け、先般衆議院を通過させ、参議院へ送付した。この間、拉致問題は遅々としてすすまず、北朝鮮は勝手な言い分を振り回して六カ国協議を牛耳り、核の廃棄は未だ手つかずである。本来なら、憲法改正の前に皇室典範と皇位継承の問題に道筋を付けるべきであるが、表向きは棚上げで、仮に水面下の動きがあったとしても報道されず、国民は蚊帳の外である。現在未成年の皇女が成人に達する前に、この問題はクリアーすべきであるが、国民にはさっぱり分からない。何も検討していなければ、皇位断絶の危険性は払拭されない。かといって、極秘に小泉時代の答申をベースに進められても問題である。男子誕生で少し余裕のある今こそ、皇位継承問題はじっくり検討すべきである。男系相続と女帝の容認を柱に対策を講じることが望ましい。その場合には養子制度の導入も課題となる。ただし女系天皇家の創設は不適切であり、男系及び女帝不在の状態の場合にのみ再検討すべき問題であり、原則として当初の改訂では、女系天皇家創設は排除すべきである。
(2007.4.19)
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悠仁親王満一歳
 
平成19年(2007)9月6日、悠仁(ひさひと)親王は、満一歳となられる。この間の成長は順調のようである。今は、皇位継承権者というよりも、秋篠宮家の皇子として養育されているようだが、将来、皇位継承者になられるのであろうか。皇位継承問題は、国民の目から見れば棚上げ状態。何の議論も無いように映る。水面下で議論されていれば国民の知るところとはならない。緊急の場合の女帝即位も含め議論する問題は多い。今後の皇族の範囲も検討課題だし、男系を維持するのかどうかも重要な項目で、養子問題や皇親制度の導入なども検討課題となる。旧男系皇族と皇族女子の婚姻も、皇室強化と男系再構築の為には検討すべき問題点である。皇族女子は、婚姻によりいずれ皇籍離脱するが、適齢期になる前に対処を考えないと、皇室は縮小することになる。政治家はもっとまじめに考えるべきである。もっとも、皇室を自然廃絶に追い込みたいとか、新たな皇室を創設したいと考えているなら、この議論の停滞も謀略の結果ということで、当然の状況ではあるが・・・・。
(2007.9.6)
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謀略女帝・女系天皇容認
 
平成19年(2007)10月1日の臨時国会の所信表明演説では、福田首相(福田康夫)は、皇位継承問題の検討には言及しなかったが、小泉内閣の時に設置された有識者会議の陰の仕掛け人の一人であったことを忘れてはならない。麻生前幹事長が、皇位継承問題とりわけ女帝・女系天皇の問題に慎重であったのに対し、福田氏はこれを容認する立場であった。有識者会議が、女系天皇家創設容認ありき、皇族の意見排除の姿勢であったことは、皇位継承問題に関するリポートでも再三紹介した。彼らが、皇族も、旧皇族も排斥して、将来は、非皇族との婚姻による天皇家の創設を目していたことは明白であった。男系だけで皇室の廃絶の危機というなら、元学習院大学教授の篠沢氏の提唱する皇親制度の創設。旧皇族・皇親との婚姻や養子縁組というのも一つの方法で、これであれば、旧皇室一族との再合体による皇室強化ということにもなり、男系傍系の復活となる。勿論、皇室予算の都合もあるので、永久皇族制は適用出来ないが、ある程度の範囲で、ある程度の期間、男系は維持出来る。その期間に、皇親・皇族から養子を迎えれば、男系維持は可能となるし、婿養子であれば、直系女子と傍系男系の合体であり、その子孫は、男系となる。しかし、有識者会議では、そういう検討は、わざと回避しているから、必然的に女帝容認から女系天皇家創設となる。安倍内閣では、悠仁(ひさひと)親王の誕生で、議論は先送り、事実上の棚上げ(少なくとも、国民の目の届く所では・・)となった。福田内閣が、この問題をどう扱うか? 先送りか、検討委員会を立ち上げて具体的に審議するのか注目である。まだまだこの問題は注視する必要がある。福田首相は、総裁選出馬に当たり、一時距離を置いていた小泉元首相とも提携し、若手の小泉擁立は頓挫した。従って、福田内閣が選挙管理内閣として短命でない場合には、皇位継承問題は検討される可能性がある。女帝は、最悪のシナリオとしては容認出来るが、女系天皇の創設は容認出来ない。それなら、皇室は、存続した事により戦後の混乱を回避(アメリカの占領統治を円滑にした。イラクの場合は、王家もしくは、象徴となる家系が無かったので、現在でも混乱している)し、その役割を終えているから、女系天皇家を創設するくらいなら、皇室制度を廃止し、議員内閣制も廃止し、大統領制に移行すればいい。皇室の価値とは、伝統血統と文化と権威の象徴ということであり、それらのいずれにも立脚しない女系天皇など不要である。福田内閣がこの問題にどう取り組むかは注目である。
(2007.10.2)
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