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消された皇統

 

     

       
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紋様画像紋様画像紋様画像紋様画像紋様画像紋様画像紋様画像小林 晁の趣味です

闇の南朝のルーツは、鎌倉時代の皇統分裂に原因があった。
熊沢家、三河、美作、津軽の南朝伝説などを、膨大な系譜から分析。
熊沢天皇・三浦天皇・明治天皇は南朝の末裔だったのか。
 消された皇統表紙
  中央から疎外され地方で命脈を保った皇統はやがて伝説の霧の中
へ消えて行き、中央の記録からも消され、皇統を守護する権威からは
黙殺されることになる。声高にその存在を主張すれば、ニセ者の烙印
を押される(自称皇胤にはニセ者も存在するので同一視される)
  伝説の中の真実にどこまで迫れるか、伝説が全て虚の産物とは考
えられない。そこには何らかの事実の反映があるのではないのだろう
か。・・・・・・・・・・本文より抜粋
 
  平成17年(2005)、小泉純一郎が皇室典範改正問題を政治課題としたことで歴史学者や伝統文化を重視する有識者からは、批判が続出した。もっとも、この年には、国会への上程には至らなかったので、皇族や旧皇族の子孫からも、小泉が組織した「有識者会議」の議論には、私的な立場での批判が噴出した。何故この時期かと云えば、国会に上程されれば、この問題は、歴史や文化の問題ではなく、政治問題にすり替わり、皇族は発言出来なくなるからである。旧皇族にしても、話の展開によっては、当事者になりうる事もあり得る立場で、率直な発言は、しにくくなる(既に一般国民と同列とは云っても、無関係とは云えない立場)。 皇位継承問題が、時の権力者の野心や権力者の取り巻き(役人も含む)に利用されることはよくある事で、或いは、皇位継承権者に逆利用される事もある。源平時代から、江戸時代の徳川和子の皇室への輿入れ、後水尾天皇の譲位問題まで、幾つかの事例があるが、鎌倉後期から後南朝の消滅まで、皇位継承には闇の部分・蔭の部分がつきまとう。本書では、闇に飲まれた皇族の系譜と、その子孫と自称する人々の系譜を紹介した。一応系図の体を成すものから、中間がすっぽり抜けた系図まで様々であるが、その多くは、系図資料の裏付けのないものであった。又、系図は提示しても一族で本家争いをして、同じ血統なのに食い違うという事例もある。本書では、出来うる限り出典を明らかにして、それらの系図を紹介した。南朝伝説の代表的なものは、紹介したつもりである。個人的な感想を述べれば、略系図しか提示出来ないものは怪しい系譜と考える。自信があるなら、連綿とした系図を表に出して、研究者の検証を受ければいい。ところで、「小泉の有識者」が、女帝どころか女系天皇の創始まで考え、旧皇族の復活を阻止する背景に、南朝の亡霊がいる事も見逃してはならない。熊沢天皇事件のような事が再び起こると、現皇室の血脈の正統性が再び問われるかもしれない(昭和天皇の不適格訴訟が起こされたときは、裁判所が事実上門前払いした)。
※ 南北朝の時代まで遡ると、旧南朝の後裔からも皇族復帰のの正当性を主張される可能性もある。実際に、明治後期、熊沢天皇の先代が、継承権一位を主張したとも言われている(『足利天皇血統秘史』などによる)。明治天皇の崩御などでこの問題は握りつぶされたと云われるが、真実は闇の中である。
(2006.2.17)
平成18年(2006)9月6日、秋篠宮家に男子が誕生した。将来の秋篠宮家二代目継承権者であると共に、現在の皇室典範に於いては、皇位継承権第三位の親王となられる。とりあえず新世代の男系男子を得たが、まだ女帝及び女系天皇家創始論が再燃する可能性はある。今後の皇位継承の検討過程で、旧皇族の内明治天皇・昭和天皇の女系が皇親として復籍の可能性を議論されるか否か注目される。
(2006.9.9)
★ 本書は鎌倉から室町時代の皇位継承の闇にスポットライトを当てた珍しい本です。
   本書は、後南朝伝説の代表的なものをコンパクトに紹介。熊沢天皇・三浦天皇・大室天皇・富士南朝伝説・三河南朝伝説・美作南朝伝説・津軽南朝伝説、九州後醍院家略系などを紹介。代表的な後南朝伝説を網羅的に掲載した画期的な本です。出典も明記、読者の追跡調査も可能とした。資料を併記し、筆者の独善に陥らないように極力配慮した。
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