異聞歴史館別館2 
館内案内
異聞歴史館別館2
別館館内案内
 トップ > リポート集 > 異聞歴史館別館 > 異聞歴史館別館2
 
パキスタン・インド諸家略系譜
 
このページでは、パキスタンとインドの著名家の略系図を紹介する。最初に、パキスタンで二人の首相を輩出したブット家の略系図を紹介する。アリ・ブット氏の処刑後、一族内部で後継者争いが興る。長男のムルタザ氏が後継者になるかなと思われたが、姉のベナジル(ベナズィール・ブット)が、母親よりバキスタン人民党(PPP)の党首の地位を奪い、政治家ブット家の後継候補者となる。ムルタザ氏は、1996年9月、ブット女史が首相在職中に、警官隊の銃撃により死亡。ブット本家とブット=ザルダリ家(ブット女史の家庭)の間には確執が生まれた。この事件では、ブット女史の夫のザルダリ氏に、ムタザル氏殺害の嫌疑が掛けられた。反ブット勢力の謀略か、身内の犯行か、ムルタザ氏殺害には謎がある。弟もフランスで変死している。謎が多い。
 
 このページのトップへ移動
1. ブット家一族略系図(ズルフィカール・アリ・ブット)(ベナジル・ブット)
2. ガンディー家一族系図(マハトーマ・ガンディー)(マニラール)(エラ)
. タゴール家略系図(ラビンドラナート・タゴール)
4. タゴール家一族略系図(サンディップ・K・タゴール、タゴール・瑛子)
※ 各リポート掲載系図の複製・転用を禁ず(企画・作成・著作権は、扶桑家系研究所に帰属します)。
このページのトップへ移動
ブット家一族略系図
ブット家一族略系図 
 
ブット家は、ズルフィカール・アリ・ブット氏が大統領・首相となり、その後クーデターにより失脚・投獄、政敵の謀略により死刑判決を受け処刑された。長男ノムルタザはアフガンへ亡命、左翼ゲリラの指導者となる。ブット女史は亡命先のロンドンでバキスタン人民党の党首となる。その後帰国し、35歳の若さで、初の女性首相になる。その後汚職容疑で大統領に解任されるが、3年後に返り咲いた。しかし、再度汚職で告発され政権は瓦解し、国外に脱出する。2007年10月、統一選挙の為に帰国、各地を遊説する。2007年12月27日、イスラマバード郊外で暗殺される。その後に行われた選挙でパキスタン人民党は与党を破り第一党になり、ザルダリ総裁代行(共同総裁)が野党と連立協議中。協議が合意に至れば、野党連合による連立政権が発足する。その場合、ムシャラフ大統領の去就が注目される(辞任か、任期満了までの続投か、クーデターで軍事政権樹立か?)。
(2008.3.1) ★ 今後の報道に注目!
このページのトップへ移動
ガンディ家一族系図
 
ガンディー家一族系図
 
インドの小王国の宰相家に生まれたガンディーは、ロンドンに留学して弁護士の資格を得て、南アフリカ共和国に渡り、搾取されている移民インド人の弁護活動を通じ、人種差別と対決した。この活動の中で非暴力・不服従を学び会得し、インド独立運動の中でも実践努力した。インド独立運動の中心メンバーの一人となり、一時、インド国民会議派議長にもなるが辞任、後に、インド国民会議派の幹部との間にズレが生じ、国民会議派を除名される(ガンジーは、全インドの統一独立を目指すが、ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立は解消されず分離独立となり、インドとパキスタンに分裂し、後にカシミール問題が発生し、数回のインド・パキスタン戦争を誘発した)。ガンディーは、独立運動の精神的支柱、シンボルとなり、運動の中心は現実主義者に移っていく。ネール親子がその中心を占め、やがてネールはインド初代の首相となる。その後、ガンディーは、政治から距離をとり運動家として活動を継続するが、両宗派の融和を唱えるガンディを裏切り者呼ばわりしたヒンズー過激派の信者により暗殺された。このあたりのことについては、各種ガンジーの伝記・評伝などを読んで下さい。
ガンデイの精神は、南アフリカでガンディーの活動を継承したマニラール一族に引き継がれたアパルトヘイトと対決した一族からは、エラが1994年に、アフリカ民族会議から出馬して、国会議員に当選している。アルンはアメリカで非暴力研究所を設立し、暴力撲滅に立ち向かっている。トゥーシャルのことは、NHKのドキュメンタリー番組で放送され、本ページの参考出典の購入に繋がった。
この一族が、どん欲に政治にかかわっていたら、インドはどう変化していたか想像がつかない。しかし、この高邁な精神は、俗人には理解しづらい側面もあり、政治の矢面に立てば、暗殺された可能性は充分考えられる。ガンディーは暗殺されたが、その精神は、弟子や一族に受け継がれている。が、未だ、我々は、この星から紛争や戦争をなくせない現実に直面している。
(2008.3.4)
このページのトップへ移動
タゴール家略系図
 
タゴール家略系図
 
タゴール家は、カルカッタの旧家で地主の家系。偉大なる聖者デベンドローナート・タゴール、詩聖ラビンドラナート・タゴールが著名。ラビンドラナートは、1913年にアジア初のノーベル文学賞を受賞する。詩聖として尊敬され、思想家としても一流で、インド独立運動に少なからず影響を及ぼす。ガンディーにマハトーマ(マハトマ・偉大なる魂)の尊称を贈る。
(2008.3.5)
このタゴール家略系図は、「祖父 岡倉天心」の記述を系図化し、ネット情報を補筆したものであって、一族の全容を明らかにしたものではない。詳しい系図をご存じの方の情報公開に期待する。
このページのトップへ移動
タゴール家一族略系図
 
 
詩聖・ラピンドラナート・タゴールや甥のスレンドラナート・タゴールは、インドを訪問した岡倉天心と交流を深めた。詩聖タゴールは、天心没後に来日したときには墓参している。
(2008.4.9)
このページのトップへ移動
戻る
リポート集トップへ戻る
Copyright (C) Kakeiken. All Rights Reserved.